不測混迷な時代に
- 2019年2月掲載記事 -

この記事は2019年2月にさくら新聞に掲載されたものです。

先月末から始まった第198回通常国会は、連日、厚生労働省の勤労統計不正問題の与党・野党による追及質問・説明答弁に明け暮れている。その熾烈な攻防とも言えるやり取りに、数年前の森友学園の公文書改竄問題当時の国会討論の映像が彷彿と脳裏に甦る。「彼らも人の子、もし私がその立場にあったらどうしただろうか」「所詮、私は事件の詳細も、専門的なことにも無知である」等々と考え、軽率な批評や批判は口にするべきでないと自らを戒める。しかし、失礼ながら、正直、またか!と言う政治に対する失望と憤懣の思いが心をよぎる。それは、与野党いずれかに対するものではなく、政治家全体、更には、官僚として国の政治に携わる方々全員に対する思いでもある。政治には全くの無知、素人で、凡庸な一市民に過ぎない者が、このように言うのは、誠に不遜かつ無礼であることも承知している。しかし、敢えて個人的なことを言わせて頂くと、小生の家系にも、母方の両曽祖父(古澤滋、長谷川泰)が、明治時代に政治の端くれに携わっており、また母の義理の叔父に戦前の外交官僚(松田道一)がいたという「遠く」ではあるが、どこか政治的背景があることも、小生を政治に携わる方々に対してこのような思いにさせる理由かもしれない。赦して頂きたい。

政権を担当する与党であれ、反対の野党であれ、政治家は一国を牽引する全国民のリーダーであると信じる。その意味で、政治家は、意見と立場を超えて「人格」問題が問われる。小生が数十年前にアメリカに来た頃の大統領選挙では、毎回大統領の持つべき資質の一つとして高く謳われたキャンペーン・スローガンは(それが実質的に実現したかは別として)、「Character Matters(人格が大切)‼」であった。しかし、最近の大統領選挙では、そのようなことはほとんど耳にしない。人々が、最早大統領にそのような期待をしなくなったことの表われであろう。アメリカでよく聞く「ロール・モデル」と言う言葉がある。それは、様々な分野で優れた能力・技術を有するだけでなく、人格的に尊敬でき、皆が目標とすべき人物のことである。その意味で、政治家は、本来その頂点に立つべき人々である。しかし、アメリカも、日本も、今や、若者たちは、彼らの人生の「ロール・モデル」を見失い、かろうじて、彼らの好きな人気歌手・俳優、有名スポーツ選手たちの間に、尊敬というより、アイドル的憧れとしてのモデルを見出すだけになってしまった。

前回本欄に引用したベストセラー「ホモ・デュオス」の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉を思い出している。「今一番大きな問題だと感じているのは、子どもたちのことです。彼らは歴史上はじめて、自分が成長したときの世の中を予測できない世代となります」と彼は言う。AIに象徴される飛躍的科学技術の進歩に囲まれながら、それが人間としての自分に何を意味するか、どうすべきかにと惑う不測な時代に立たされる彼らに、人間としての歩むべき道を示し、教えることができるのは、同じ人間である大人たちの使命と責任ではないか。しかし、今、大人はモデル(模範)となるどころか、醜態をさらし続けている。最近千葉で起きた事件が良い例である。子どもが父親による虐待からの助けを求めているのに、学校も、児童相談所も、母親までもが、子供を守らないで自分を守り、子どもを危険にさらし、果ては命を落とさせた。今、政治家だけではない。世の大人たち全員に呼びかけたい。保身を忘れ、出世と物欲を忘れ、勇気をもって、子どもたちの未来のために、背中をもって人としての道を示せと。「若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いてもそれから離れない」(聖書)。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。