西郷純一・かおるプロフィール
- SAIGO family profile -

ファミリー略歴
SAIGO family
西郷純一師
西郷純一師は、日本で聖宣神学院、米国では、ケンタッキー・マウンテン・バイブル・カレッジ(特別生)、アズベリー大学(聖書学専攻、聖書言語学副専攻)、アズベリー神学校(牧会学修士)、プリンストン神学校(旧約学修士)、ドルー大学(旧約学Ph.D.教科課程完了の時点で、当時2教会の牧会・開拓の多忙さから、已む無く休学を決意、後に継続を断念し、自主退学)等で神学教育を受ける。奉仕としては、日本宣教会久我山宣教会副牧師として1974年以来9年間奉職。その間、様々な超教派運動の委員会・事務局で奉仕。特に、1980年のビリー・グラハム国際大会、および1982年の日本伝道会議では事務局主事を務める。渡米後、1991年にプリンストン日本語教会、1996年にニューヨーク日本語教会、2000年にワシントン・アライアンス日本語教会(後にワシントン・インターナショナル日本語教会と改称)を開拓、それぞれの教会の牧師を務める。2008年には、ヴァージニア北部にブランチ設立。2018年から2年オハイオ州シンシナティ日本語教会の暫定牧師を務める。帰朝後、2022年からは、栃木県佐野市のレインボーチャーチで協力牧師としてご奉仕。
かおる夫人
大学卒業後、才能教育、幼児開発等を通して、主に子ども達にピアノを教える。結婚後、聖宣神学院に進み、婦人伝道師となる。上述、日米における勉学・ミニストリー、子育て等、生活のすべてにおいて、同労の友として純一師を助ける。
しのぶ /長女
高卒(高校課程修了認定受領:軽度の知的障害故)後、保育園で6年間助手として働いて来たが、同園の閉鎖に伴い、コミュニティー・センターでのチャイルド・ケアー奉仕、ファストフード・レストラン、リテイル・ストアー、スポーツジムのチャイルド・ケアーを米国でして来た。帰朝以来、現在は、井川夫妻のご厚意もあって、お二人が経営している「ノア外語学院」の幼稚園出張プログラムで、「先生」の助手として、一日2-3時間、週四日働かせて頂いている。
宣子 / 次女
大学卒業後、6年ほど、フィラデルフィア(PA)で、障害を持つ方々の就職活動・職業訓練を補助するNPOで働いた。その後、8年間同じ家族の二人の子供の「ナニー」を務めた。2022年には、Jason Wrightと結婚。感謝なことは、二人とも主と共に歩んでいることである。宣子は、大学時代、親友の父親の伝手で病院の救急室でバイトをしていたこともあってか(恐らく子ども好きからか)、以前から小児医療に関わりのある仕事を求めていた。2021年から昨年末まで再び、大学に戻り、看護士の学位・RNの検定合格等を経て、無事、2024年春からフィラデルフィア・チルドレンズ・ホスピタルの心臓内科での仕事が始まった。
Beyond から
Connectingへ
- History -
私たちは、その働きをほぼ初期より、“Beyond”を使命と目的のKEY WORDとして進めてまいりました。即ち、宣教における以下の「枠」、Regional/Cultural Boundaries, Denominational Divisions, Our Own Capacities, This Worldly Benefitsを超えた(Beyond)福音宣教を心掛けて参りました。しかし、働きの後半、締め括り期を迎えるにあたり、祈りのうちに、Focusを宣教の発展から宣教の原点に移すように導かれ、KEY WORDとして“Connecting”が与えられました。
いつの時代でも、世界が一番必要としているもの、それは、結合、つながり、Connectingです。それが愛の姿です。
罪は、それを破壊し、分断と分裂と言う悲劇を人類にもたらしました。ゆえに、その回復こそが、キリストの福音が私たちにもたらす究極の祝福です(エペソ2章14-16節)。2011年の東日本大震災のときも、物質・物理的支援と共に人々を支えたのは、人々の心と心のつながりであり、絆でした。
私たちは、福音の使者・大使として、キリストにある「つながり」「つなげる」「Connecting」のメッセージを個人に、社会に伝え、運ぶことを使命としています(第2コリント5章20節)。その「つながり」とは、具体的に、①神と人、②人と人、③人と教会、④教会と教会、⑤人と社会、⑥教会と社会、等々のつながりです。 私たちは、この使命を、パラ・チャーチ・ミニストリーとして、地方教会(Local Church)との協力・要請で、その貢献のために進めます。
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BEYOND 時代、
先生方からいただいた推薦の言葉
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先生方の役職名は推薦文をお書き頂いた当時のものです。
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大和カルバリーチャペル / 牧師 大川従道
- 西郷隆盛の弟に、西郷従道という海軍大将がいた。私と直接の関係はないが、名前が同じなので気になる存在であった。西郷先生と数十年前にお会いしたとき、そんなこともあって兄弟分のような気分であった。
- 上野の山でじっとしているようなタイプではなくて、世界へ飛び出し大活躍している主の器である。信頼できる、期待を裏切らない大物である。
- 私もサンフランシスコで日本人教会の牧会を担当したことがある。外国における宣教奉仕は支援抜きにはできない。
- 私も祈りと具体的なものをもって支援させて頂きます。皆様もこの特権にあずかられますように心からお勧めいたします。
- 伝道者をサポートすることは、聖書的であり、ビックリするようなお報いが上から与えられます。
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ホーリネス教団坂戸教会 元牧師 太平洋放送協会理事長 / 村上宣道
- 西郷先生のような方は、日本のこれからの宣教にとって福音派のリーダーとなるべく、どうしても必要な器なので、ぜひ日本に帰って来て欲しいと言うのが正直な私の気持ちであり、期待でした。
- 先生とは、先生のお若い頃から親しくさせて頂いて参りましたが、先生が留学されると伺った時から、先生のように福音を真実に生きておられる方が世界のトップレベルの学びを身に付けられたら、それこそ鬼に金棒、きっと日本の教会の今後にとって、最も必要とされる器になられるに違いないと思っていたわけです。
- 先生は期待通りにアズベリーおよびプリンストンの両神学大学で修士課程を終えられ、更にドルー大学の博士課程に進まれ、コースワークまで終えられたところで、ご奉仕の多忙から中途断念されたものの、学的にもほぼ、その頂点を極められたわけです。
- しかし、神様のご計画はそれ以上のようで、今までの学びと経験を生かしつつ、国際的視野に立って在米邦人の伝道を通じ、日本と世界の宣教に仕えるようにと導かれておられることが分かりました。
- 今は、この者の在米邦人教会でご奉仕させて頂いた経験から、また在米中に救いに導かれた邦人の日本と世界で果たす役割の大きさを思い、西郷先生の使命の重大さを思わずにおられません。
- 及ばずながら、先生の今後のお働き、主のお働きのために皆さんとご一緒に、できるだけ応援をさせて頂きたい気持ちで一杯です。
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太平放送協会 元会長 / 羽鳥 明
- 西郷先生は、青年時代から存じ上げております。献身して母教会「日本宣教会 久我山宣教会」で十年に及ぶ副牧師としてのご奉仕の姿も印象的でした。殊に、1980年のビリーグラハム・クルセード、及び1982年の第2回日本伝道会議の折、事務局主事としてのご活躍には目をみはりました。
- 渡米され、数々の高度の神学教育の中で研鑚を積まれる間、米国の邦人伝道に多大な成果を上げられ、果たせるかなと思いました。
- 米国で三つの教会を生み出された後、海外邦人伝道には、「コミュニティー・センター」的、広い角度からのアプローチが成果を上げることに注目し、米国に腰をすえて、邦人伝道に力を注いでこられました。先生ご夫妻を支える会の支援を含め、先生方のお働きの為に、皆様のお祈りとご支援を得るべく、心よりご推薦申し上げます。
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日本イエス・キリスト教団荻窪栄光教会 元牧師 / 中島 秀一
- 私が先生と知り合ったのは、1996年の箱根のケズイックの時でした。私は、米国から久しぶりに戻って来られた先生が、事務局の先生方と親しく交わっておられるのをそばで聞いていました。そのやり取りを通して、先生が多くの方から愛され、信頼されておられる方であることを知りました。
- 私は、1996年と1997年に渡米した際に、西郷先生を訪問して、その実際のお働きをこの目で見せて頂きました。そのことを通して、在米日本人留学生や社会人に対する宣教活動の重要性とその緊急性を理解することができました。
- 今こそ、在米日本人伝道と日本の教会が強い信頼関係で結ばれて、国際的な視野に立って宣教が展開されるべきだと確信しています。その為に、私は先生のお働きを祈りと献金をもって支援して行くことが、私たちの大きな責任であり、特権であると考えています。
- 一人でも多くの方々が、この働きに参加されるよう心から期待しています。
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ウェスレアン・ホーリネス淀橋教会牧師、元ワールドヴィジョン・ジャパン総裁
元日本福音同盟理事長 峯野龍弘
- 西郷純一先生は、小僕の旧知の教友のお一人で、その信仰と人格、そして良き働きにおいて、深く尊敬申し上げているお方です。その高校時代には、都立校の学内で素晴らしい証をもって活躍され、多くの学友たちをキリストに導かれました。
- その若かりし頃からの救霊ならびに宣教にかける熱情は、益々燃え盛り、今日では、現在の牧会地を越えて、全米、更には、全世界に在住する日本人への宣教に重荷を感じ、精力的な伝道活動を続けておられます。
- その働きの実として、これまで、既に米国内に複数の日本人「教会」を建てて来られました。その力強い活動と堅実な歩みには、正に目を見張り、敬服するばかりです。
- しかし、この働きの前進、発展の蔭には、実は、先生並びにご一家の並々ならぬご苦労と、具体的、且つ多大な経済的負担と犠牲がありました。そもそも在米の日本人伝道は、わずか数年で帰国して行く霊魂を主な伝道対象としているため、経済的に「継続」支援に結びつくメンバーを確保することは、極めて難しい状態です。
- 同師の尊い働きを安定させ、継続支援して行くために、数年前に同師ご夫妻の「支援会」も発足しました。どうか、皆様も先生のすべてのお働きのために、ご支援、ご協力を頂けるよう心からご依頼申し上げます。
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日基赤坂教会牧師、総動員伝道総務局長 / 姫井 雅夫
- JEMS(Japanese Evangelical Missionary Society)を通して、米国にいる日本人、日系人への伝道と米国から日本に来て奉仕して下さる方々の窓口としての活動をさせて頂いている経験から、西郷先生が取り組んでおられる働きの重要性と困難さを思うのです。
- 重要性:(1)すべての人への宣教の一環です(2)日本人、日系人への宣教です。(3)日本と米国の橋渡しが必要です。
- 困難さ:(1)アメリカは、日本の25倍もあります。その全地に日本人、日系人が散在しています(2)言語の壁があります(国際結婚している人々の伴侶者)(3) 小さい群れが散在し、会堂を持っている日本語教会はごく僅かで、経済的問題を抱えています(4)いくつかの群れを巡回するため、かなりの距離を運転し、健康が試されます。人材がもっと多く必要です。
- このような状況にあるアメリカでの日本人、日系人伝道をより効果的にするために西郷先生がネット・ワークを広げようとしています。西郷先生のビジョンと信仰、更に明るい人柄がこの活動を成果あるものにして行くことでしょう。皆様もお祈りとご支援をお願いします。
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いのちのことば社グループ 元会長 / 多胡 元喜
- “Home Away From Home”と言う言葉がぴったりの、暖かい、一緒にいると気持ちがほっとするご夫妻をここに推薦いたします。日本を離れ、学びに、仕事に、一人で戦っている日本人の方々に、ご夫妻が光となり、いつもキリストの香りを漂わせて下さっていることは何と言う喜びでしょう。
- 私ども「いのちのことば社」で、以前星野富弘さんのニューヨークでの展覧会を開いたときには、先生に大変お世話になりました。
- 先生夫妻特有の活発さと笑顔で、これからも、この21世紀に大きな働きと実りがあることを信じています。「見よ。私は、新しいことをする」と仰せられた主の祝福が先生ご夫妻の上に更に豊かにありますように。
略歴概要
西郷甫、千代子の第二子、長男として、東京杉並区西荻窪に生まれる(姉:喜美子)
・幼稚園:日の丸幼稚園(杉並区荻窪)1年、玉成幼稚園(杉並区松庵)1年、引っ越しのため
・小学校1-3年:成蹊小学校(東京武蔵野市)
・同4-6年:(父の転勤で転校)宝塚市立宝塚第一小学校
・中学1-3年1学期:関西学院中等部
・中学3年2-3学期:(父の転勤で転校)東京都杉並区立高井戸中学校
・高校1-3年:東京都立杉並高校
キリストを救い主と信じる・同年2月27日受洗、日本宣教会・久我山宣教会会員となる。
全生涯をキリストに捧げる決心。直後、伝道者・牧師としての召命を確信。
高卒後、親と担任の反対を押し切って大学進学をせず、同教会の「住み込み訓練生」となる。
イムマヌエル聖宣神学院入学・卒業、久我山宣教会副牧師となる。
征矢野かおると結婚。
ビリーグラハム東京大会事務局主事を務める。5月9日長女しのぶ誕生。
第二回日本伝道会議(京都)事務局主事を務める。
日本宣教会から「按手」受ける。
当初5年の予定で米国留学に出発
‐1982 ー 83 ケンタッキー・マウンテン・バイブル・カレッジで特別生として学ぶ
‐1983 8月2日次女宣子エスター誕生
‐1983 ー 86 アズベリー大学(聖書学専攻・聖書言語学副専攻、各学位取得)
‐1986 ー 89 アズベリー神学校(牧会神学修士取得)
‐1989 ー 90 プリンストン神学校(旧約聖書神学修士取得)
‐1990 ー 1994 ドルー大学(旧約学博士課程:教科課程修了後、「奉仕」多忙のため休学、後日自主退学。