新しさを内に求めて
- 2020年1月掲載記事 -

この記事は2020年1月にさくら新聞に掲載されたものです。

「新しい」年になった。愈々2020年である。特に今年は、日本では新元号「令和」での最初のフル・イヤーであり、新しい時代の到来である。新しい家、新しい車、新しいコンピューター、などなど、それが何であれ「新しい」ことには良いことが一杯ある。私たちは、食料品店に行っても、新鮮な野菜、新鮮な魚を探す。安心、安全だと言うだけでなく、何としても新鮮なものは美味しい。シャキシャキとした歯触り、舌触りが心地良い。物の世界だけではない。何と言っても「新しさ」は、人生に、毎日の生活に「潤い」と「希望」を与えてくれる。最近では知らない方も多いかもしれないが、多くの人々に長く親しまれてきたNHKのラジオ体操のテーマソング。その冒頭の「新しい朝が来た。希望の朝だ。喜びに胸を開け。大空仰げ」の歌詞にも、そのことがよく表されている。朝の新しさは、私たちに希望と喜び、一日を生きる力を与えてくれる。つい先日、若い日米人カップルの結婚の司式をさせて頂いた。新しい夫婦、新しい家族の誕生である。その初々しさ、新鮮さの中に、喜びと希望が、当の新婚夫婦は勿論のこと、臨席者一同にも溢れていた。自ら結婚歴46年に喃々とする者として、司式をしながら、幸せとは「新しさ」を保つこと、と今更のようにシミジミと感じた。

しかし、ここで、私たちが考えなければならないことがある。それは、私たちは、その「新しさ」をどこに求めるかである。多くの場合、私たちはそれを「外部」、即ち、自分以外の何かに、誰かに求め易い。その最たるものは、私たちの人生・生活を取り巻く「環境」の新しさである。即ち、幸せを、環境の新しさに求めるのである。「年」が新しく替わることもその良き一例であるが、そのほか、職場を変えること、学校や専門を変えること、転居、結婚・離婚などの生活・家庭環境を変えることなどである。確かに、それら新しい環境が、助けとなって幸せになる場合もある。しかし、同時に、私たちがしばしば経験することは、環境や状況は新しくなり、一時的に良い方向に向かったかに見えるが、結局は「同じ」所に戻ってしまうという現実である。なぜか? それは、すべての事柄と問題の中心である肝心の「私自身」が何も変わっていない、新しくなっていないからである。

ある家の父親が、家に帰って来るなり、「このウチ、何か臭いんじゃない?!」と言い始め、鼻をクンクンさせながら、部屋を次々に回って、「この部屋も臭い」「この部屋もだ」と文句を言った。ビックリした家の人が出てきて、その父親の顔を見ると、その鼻の下に何か臭いものがくっ付いていた。それが臭みの原因だったのである。「なーんだ」と、それを取ったら、勿論、問題は解決した。

聖書にサマリヤと言う村のはずれでイエス・キリストと出会った女性が出てくる。彼女は、これまでの人生、「結婚」に幸せを求めて男性を遍歴して来た女性。イエスに出会うまで既に5回の結婚生活を経験し、今や、6人目の男性と同棲していた。イエスは、彼女の問題を見抜いておられ、彼女が人生で出会って来たそれらの男性達も悪かったかもしれないが、彼女の人生における最大の問題は、彼女自身のうちにあると指摘。即ち、彼女自身が、まず新しくされない限り、問題は、常に彼女について回ることを指摘されたのである。

これら二つのエピソードが教えることは、新たな人生は、誰かからでも、何かからでもなく、まず「私自身」から始まらなければならないという真理である。正に ME FIRSTである。願わくは、迎えた新年、私たち一人一人が、「新しさ」を「外」に期待するのではなく、「内に」、自分の中に求め、確立するものでありたい。「神の誠実は朝毎に新たなり」(聖書)。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。