深刻化する「孤独」問題
- 2018年7月掲載記事 -

この記事は2018年7月にさくら新聞に掲載されたものです。

 つい最近のこと。米国のいわゆるセレブリティーが、二人、わずか数日を挟んで、相ついで自殺した。一人はファッションデザイナーとして世界的ブランドを建て上げたケート・スペード。もう一人も、世界に名を馳せた料理人・同評論家で知られるアンソニー・ボーデインである。どちらも55才、62才と言う若さであり、今もそれぞれの世界でキャリアの頂点に立っていた人たちである。彼らが自殺するような兆候が事前にあったのか、様々なニュースも流されているが、少なくとも、事件当初は、周囲の人々、ごく身近な家族にさえ、全く青天の霹靂の出来事だったと報じられた。言い換えるなら、彼らは、自らの命と人生を、そのキャリアにおける成功の頂点で、断ち切ろうとするときにも、その苦しみと苦悩を、打ち明け、ぶちまける心の友を持つことがなかったということである。彼らは、セレブリティとして、多くの賞賛者、追従者、信奉者、支援者、ファンと呼ばれる人々、彼らが愛し、愛される人々に、四六時中囲まれていた人々であった。外見上は、孤独とはほど遠い生活、人生を歩んでいた人々であった。しかし、彼らは、そのど真ん中で、ひとりぼっち、孤独という氷によって凍てついていたのである。正に、「孤独は、山になく、街にある」と三木清氏が言ったごとくである。

この「孤独」こそ、現代社会が抱える最大の問題のひとつである。高齢者の孤独死については、今更言うまでもないが、最近、話題になっているのが「子どもの孤独」である。特に、日本は、孤独を感じている子どもの率が世界で断トツとの報告がユニセフから出された。世界的に見ても、英国では今年初め、「孤独担当大臣」が新たに設置された。英国の総人口6500万のうち900万以上が、常に、或いは、しばしば孤独を感じると言い、更に、孤独は、一日15本タバコを吸うことに匹敵するほど健康に有害であると言う研究発表もある。それほどに、孤独問題は、深刻化しつつある。人間は、孤独で生きるようには造られていない。それが、我々を「人間」、「人の間」と呼ぶゆえんでもある。だから、人は、孤独に耐えられない。井伏鱒二は、そのことを、短編小説に登場する主人公の山椒魚の口を通して、「寒いほどひとりぼっちだ」と表現した。そして、この「孤独」は上述の二人のように、キャリアの成功、富、繁栄、名声、栄誉などによって克服することはできない。

ある意味で、そのようなものを持つ人ほど、逆に「孤独」を感じるのかもしれない。このように「孤独」と戦う現代社会に生きる私たちとして、何としても考えたいことがある。それは、現代社会が抱える、真のコミュニケーション不足、或いは、歪みである。それはITが産み出したSNSの弊害とも言える悲しいアイロニーである。コミュニケーションのトゥールとして開発されたIT、SNSが今や、むしろ、私たちを真のコミュニケーションから追い出してしまっている。不注意からでた、或いは悪意から出た、ほんの一言が、その真実性も確かめられないまま、あっと言う間に拡散してしまう恐怖から、人はマス・コミュニケーションの渦のど真ん中で、皮肉にも、益々孤立化しているように見える。

私たちに今一番必要なコミュニケーションは、たとい少人数でも、顔と顔、目と目を合わせて、胸襟を開いて語り合えるコミュニケーションではないだろうか? そして、その基礎は、やはり「家族」だと思う。小生にとって、このことに、新しい光を与えてくれたのが、遂先日、客人を連れて、ペンシルべニア州ランカスターにアーミッシュの人々を訪ねた時のことであった。このことについては、次月号に続きを書きたい。「愛はすべてを結ぶ完全な帯である」(聖書)。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。