終わった人
- 2018年6月掲載記事 -

この記事は2018年6月にさくら新聞に掲載されたものです。

最近テレビで、作家、また脚本家であり、大の相撲好きでも知られる内館牧子氏のインタビュー番組を見た。彼女の書いたベストセラー小説「終わった人」の映画化を記念したもの。ここに簡単に物語をご紹介する。主人公の田代壮介は、一流大学を出て、大手銀行に就職。エリート社員として出世コースまっしぐらであったが、どこでどう間違えたか、途中で子会社に出向させられ、専務にはなったものの、そのまま平々凡々とした定年を迎える。しかし、会社一筋に生きて来た田代が、そこで経験することは、仕事なく、趣味なく、夢なく、家に居場所なしの人生の悲哀であった。正に、社会からも、家族からも、「終わった人」として疎まれる中、自分の生き方を求めて、途方に暮れ、また、もがくのであった。

著者内館氏は、この小説を書くに至った背景についてこのように言う。「私自身が還暦を迎えた頃、急にクラス会や昔のサークルの食事会や、古い仲間たちとの集りがふえた。・・・・それらに出席してみて感じた。男も女も、エリートも非エリートも、美人も不美人も『終わった人』としての着地点は大差ないなァと。むろん、終わるまでの人生には差があろう。・・・・。だが、『終わった人』になると、みんな横一列に着地している。・・・・。むしろ、エリートや美人は過程が華やかだっただけに、『終わった人』の状況に対し、より切なさを抱いているように見え、非エリートや不美人は、うまくソフトランディングができている気がした。」と。

私(本稿筆者)自身、今年70才になろうとしている。キャリア人生の締めくくりを考えている。そんな中で、このストーリーのテーマと描写には、正直、身につまされる様な共感を覚える。医学・健康知識の発展、生活スタイル、生活レベルの向上から、昨今、人生100年、125年とさえ言われ始めた。しかし、それは、人生に終わりがなくなったことを意味しない。この世のすべてには終わりが来る。たとい人生200年時代が来てもである。私たちは皆、遅かれ早かれ「終わった人」となるのである。そもそも、私たちの人生は、始まりと終わりの繰り返しである。保育園・幼稚園から始まって、小・中学校・高校、大学にいたるまで入学と卒業という始まりと終わりが続く。その後も、人生の大半を占める就職人生における入社と退職という始まりと終わりがある。更に、私たちの生活には、朝・夜という一日の始まりと終わりがある。同様に、週・月・季節・年の始まりと終わりが繰り返される。そして、これらの始まりと終わりの間に、数え切れないほどの出会い(始まり)と別れ(終わり)が織り込まれる。

私たちの人格は、それらの始まりと終わりの繰り返しの中で形成されていく。ここで問題は、それらの終わりをどう受け止め、どう生きるかである。多くの人が、内館氏の上述の言葉にあるように、特にエリートほど過去を引きずり、自分の終わりを受け入れられない。その結果、新しい始まりをすることができないで、過去の栄光にしがみつくだけの「終わった人」になってしまう。しかし、ここで聖書に登場する代表的信仰者パウロの生き方を紹介したい(新約聖書ピリピ人への手紙3章)。当時彼は、すでに60才(今で言うなら80才位?)を過ぎていた。うち続く過酷な宣教の旅と激しい迫害により彼の体は疲弊しきっていた。加えて、死をも覚悟する獄中捕われの身でさえあった。誰が見ても「終わった人」であった。しかし、彼は言う。「私の人生はまだ終わっていない。まだまだするべきことが一杯ある。それゆえ、私は、後ろのものを引きずることなく忘れ、ひたむきに前のものに向かって、目標を目指して一心に走っている」と。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。