水平・垂直両面の価値観
- 2018年5月掲載分  -

この記事は2018年5月にさくら新聞に掲載されたものです。

ある父親が、幼い息子を連れて夏の夜にスイカ畑に出かけた。スイカを盗むためである。父親は息子に「ここに立って、誰かが見ていたら、すぐに教えるんだぞ!」と言った。するとすぐに息子が言った。「お父さん。見ているよ!」と。父親はビクッとして立ち上がり廻りを見た。しかし、誰も見ている様子はなかった。「誰も見ていないじゃないか!」と怒り、再びしゃがんでスイカに手をかけた。すると息子が、「お父さん、見てるってばー」と再び叫んだ。父親は、またまたビックリして、立ち上がり、辺りを見回す。しかし、誰もいない。「誰も見ていないじゃないか。何を見ているんだ」と怒鳴る父親に、息子は天を指差しながら「見ているんだよ!」と泣きべそ顔で言った。この話しは、私たちが、誰の目を気にして生きているかの大切なレッスンを教える。この父親のように、人の目がすべてで、人が見ていなければ、何をしても良い、と言う考えで生きているのか、それともこの息子のように、人が見ていようといまいと、天で見ているお方がおられると信じて生きるかである。これは、キリスト教、宗教、云々の問題ではなく、文化・時代を越えた人間の普遍の良心の問題である。中国の聖人老子は、「天網恢恢疎にして漏らさず」と言った。天が悪人のために設けた広大な網がある。その目は粗く、地上では悪が見逃されているかのように思えることもある。しかし、天の道は厳正であり、天罰を逃れることは決してできない。必ず捕らえられると言う意味である。

このコラムの第一号を「信頼」と言うテーマで書かせて頂いたが、その序文で「森友学園」関連の問題に触れた。あれから一年。事態は、解決どころか、更に泥沼化している感がある。自衛隊のイラク派遣日報問題の真偽も含めて、「言った」「言わない」「覚えていない」「証言は控えたい」「そんなはずはない」で終始する「水掛け論」になっている。それは、教育も、教養もあり、国家のリーダーと言う社会的な立場もある方々によるこれらの答弁の背後のどこかに、「悪が悪となるのは、人に見つかったときであり、見つからなければ悪にはならない」と言う歪んだ道徳観があるからではないだろうか。悲しいかな。私たち人間は、すべての真実を完全究明することはできない。それを言いことに、人に言わなければ、人に見つからなければ、無罪放免と考える。

かつて本連載の第二号で引用させて頂いたが、仏教に、キリスト教に、それぞれ造詣の深い梅原猛氏、日野原重明氏が指摘されるように、その定義・内容に幅はあるものの、人間存在の本質には、水平・垂直の両面がある。人の目を意識することは、道徳的には「水平面」である。それは、人への気遣いとしても大切である。そして、それらは文化・時代・状況において相対的である。しかし、人間は道徳的に、もう一つ、「垂直面」を持つ。それは、文化・時代・状況を越えた絶対的なものである。

ここに、すべての価値観は水平的・相対的であり、たとい嘘をつき通しても、見つかりさえしなければ、それで人生を終えることができると思っていた人物が、その人生の最期に、垂直的・絶対的価値観に目覚めて行った証しがある。彼は元日本赤軍派幹部。無期懲役で服務中に癌を患い、刑務所で病死を遂げたが、その少し前に死を覚悟し遺書を遺した。その中で、今まで一貫して無罪を主張して来た彼が、翻って全面的に罪を認め告白した。彼は、その理由を「墓場まで過ちを持ち込むわけにはいかない。死が現実になったところで決心した」と記した。政治家たちを始め、私たちも、皆、今こそ水平・垂直両面の価値観に目覚めて生きなければならないのではないか。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。