与えられたものを生かす努力の戦い
- 2018年2月掲載記事 -
この記事は2018年2月にさくら新聞に掲載されたものです。
この原稿がお手元に届く頃は、ピョンチャンでの第23回冬期オリンピックたけなわの頃である。スポーツは、するのも、見るのも楽しいものである。しばしばそこに人生の縮図を見るような気がするからであろう。オリンピックと言うと、何十年も前に教科書で習った近代オリンピックの提唱者クーベルタン男爵の言葉(他者の引用とも言われるが)、「オリンピックは、勝つことではなく、参加することに意義がある」を思い出す。オリンピック・スピリットと言われるこの言葉は、今人々にどのように受け取られているのだろうか? 確かに、最近の傾向は、このような「勝ち」を度外視した精神主義はすっかり過去の遺物となり、益々加熱する記録挑戦とメダル獲得のための個人・国家間での激しいせめぎ合いの様が顕著になりつつあるように思う。
しかし、反対に「勝ち」を目的としない、どこか「親睦」の為に「とにかくやれば良い」「参加すれば良い」と言うような競技に、果たして世界の人々を魅了し、テレビの前に釘付けにするほどの力はあるだろうか。死にもの狂いで練習し、仲間・ライバルたちと切磋琢磨してこそ素晴らしい、世界中の人々が固唾を吞んで見るゲームが誕生するのではないか?「勝ち」を目指すことは、決して悪いことではない。むしろ、それは、戦うすべての者が目指すべきことである。しかし、ここで大切なことは、「何に勝つか?」であり、「勝つとは何か?」を再考することではないだろうか?スポーツ選手たちを始め、プロ、アマを問わず、直接的に勝負の世界に生きる方々は元より、私たちは、すべて何らかの戦いの中に生きている。受験戦争、就職戦争、出世戦争、等々様々な戦いである。戦いの種類は、それぞれに異なる。勝つ時もあり、負ける時もある。それらのほとんどは、人生の中のある「一定期間」の戦いである。即ち、これらはみな、人生においては、究極的な戦いではなく、暫定的、相対的な戦いである。私たちは、皆それらの戦いを繰り返しながらも、全員が究極的な「生涯の戦い」に参戦しているのである。だからこそ、冒頭でも触れたが、スポーツの中に人生の戦いの「縮図」を見るのである。そして、この戦いはその性質上、「勝たねばならない戦い」である。
しかし、感謝なことに、この戦いは、「一人だけ」でなく、「全員」が「勝者」になれる戦いである。また「成果・結果」によってではなく、そのためになされた「努力」によって賞される勝利である。上記のクーベルタン男爵の言葉は、実は次の言葉が続いたと言われる。「人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである」と。イエス・キリストは、私たちが人生の全行程を走り終え、審判者なる神様の前に立つときのことを譬えで話された。そこには、主人に豊かな資源を託された人物と、その半分にも満たない資源を託された人物が登場する。豊かな資源の人物は、決して奢らずに懸命に努力して、その資源に相応しいもう100%の成果を上げた。他方、資源では恵まれない人物も、そのことをひがんだり、恨んだり、それを言い訳にして手を抜くこともなく、持っているものをフルに生かして、それに相応しいもう100%の成果を上げた。
確かにどちらも持っていた資源から言うなら、100%増の成果であったものの、絶対額からの結果では倍以上の差があった。しかし、驚くべきことに、二人に対する主人(神様)の評価と賞与は「全く同じ」であった。私たちが人生で与えられているものは必ずしも同じ・公平ではない。その中で、主人(神様)が最終的に見たいのは、それぞれが与えられた物をどのように生かすかという「努力の戦い」に勝つかどうかである。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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