日野原重明氏を偲んで
- 2017年8月掲載記事 -

また一つ「地上の星」が消えて「天の星」となった。「死をどう生きたか」「生きかた上手」など多数の人気著書、講演で知られ、105才でその生涯を閉じる寸前まで現役医師としての活動を続けられ、多くの人々から愛され、尊敬された聖路加国際病院名誉院長日野原重明氏である。同氏のライフ・テーマが、「いのちの意味」であったことは周知のことであるが、その原点は1970年、同氏が58才の時に「日航よど号ハイジャック事件」で、自ら人質の一人となり、いのちの危機を経験したことであった。

この事件は同氏の人生を大きく変え、以来、同氏は死の現実を直視しながら、「残された自分のいのちは、社会のため、人のために使うのだ」という使命感をもって生きるようになられた。「いのちとは“時間”のことです。自分が持っている”時間”をできるだけ人のために使いましょう」「人のために使った時間と自分のために使った時間のバランスはどうなっていますか? 人のために使っていますか?」と同氏は言う。晩年、同氏は専門である医師業の傍ら6~7つの団体の理事長を務めておられたが、どれも「無給」だった。正に自分のためでなく、「人のために生きた」生涯であった。

この記事は2017年8月にさくら新聞に掲載されたものです。

しかし、ここにこそ同氏の地上の星としての輝きの秘密があった。東日本大震災直後、改修工事を何とか間に合わせた仙台宮城球場で、プロ野球の「楽天」が、地元での初戦を勝利で飾った。楽天の嶋基宏選手会長は試合後、スタンドのファンにこう語りかけた。「何のために僕たちは戦うのかはっきりしました。この1カ月半で分かったことがあります。それは、誰かのために戦う人間は強い、ということです」と。自分のためにではなく、人(他人)のために生きるとき、人は強くなり、輝く。

イエス・キリストも、そのような人生を歩まれ、言われた。「人の子(ご自分のこと)が来たのも仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また多くの人のための贖い(救い)の代価として、自分のいのちを与えるためです」と。これがキリスト教精神である。しかし、今、キリスト教の影響が強いはずの米国に住む一人の日本人クリスチャンとして憂慮していることがこのことである。特に同時多発テロ以来、米国でよく言われる“God Bless America!”の表現の中に、時に愛国心を超えた国粋主義的不健全さを感じてしまうのは個人的偏見であろうか?!

この傾向は、昨年の大統領戦以来、更に強まり“America First!!”と声高に叫ばれるようになった。勿論、「自国ファーストのどこが悪い」「まず自分がしっかりしないで、どうして人(他人、他国)を助けられるか?!」等の反論も当然である。しかし、ここで問題なのは「自分がまず」と言う物理的「順番」のことではない。むしろ、「誰の為に」と言う目的に問題があるのである。母親は乳飲み子に母乳を授ける前に、まず順番として自らを養う。しかし、その目的は、自らを養うためではない、子どもを養うためである。「アメリカ第一主義」に正当性があるとするなら、それが、アメリカの祝福と繁栄を「目的」とするのでなく、他者・他国の祝福ための「手段」とする限りにおいてである。「人(他者)のために生きる」こと、これはアメリカだけの課題ではない。世界の課題であり、それを構成する個人としての人類全員の課題である。

日野原氏は、これを人のあるべき生き方として、推奨・実践された人物のお一人である。あるところに記しておられるが、日野原氏はこの生き方を若き日に通った関西のあるミッションスクールの中学校(私の母校でもある)で学ばれていた。それは、その学校が掲げている“Mastery for Service” (奉仕のための練達)と言うモットーからであった。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。