豊かさの落とし穴
- 2017年9月掲載記事 -
この記事は2017年9月にさくら新聞に掲載されたものです。
TVドラマ「植木等とのぼせもん」が始まった。私ごとであるが、父が広告会社に勤め「シャボン玉ホリデー」等の番組に近く関係していたこともあって懐かしく見ている。当時日本は、敗戦から立ち上がり、「高度経済成長期」の真っただ中。「1964東京オリンピック」開催を中心とする日本の発展と変貌ぶりは正にその象徴であった。50年代は「三種の神器」、白黒TV、洗濯機、冷蔵庫、60年代は「3C時代」、カラーテレビ、クーラー、カーを持つことが幸せの条件のように言われた。現代の日本人にとっては、それらは、最早神器でも、高嶺の花でも、憧れでもない。誰もが当たり前に持っているものとなった。日本はそれほど富んだのである。現代、そしてこれからの時代は、資本主義の成熟・終焉・その後を模索しながらも、AIを象徴とする科学・技術の著しい発展を背後に、益々物と機会に恵まれた豊かな時代となるだろう。簡単に言うなら、欲しいと思うものは何でも手に入り、「したいと思うこと」ができるエリア、機会がどんどん増え、可能性が無限に広がるエキサイティングな時代である。
しかし、このような祝福の裏に人生の大きな罠がある。それは、豊かさの中に、一番大切なものを失うことである。「三つの願い」と言われる童話がある。或る木こりが、仕事中に出くわした「木の妖精」から命乞いとして「どんなことでも三つの願いを叶えます」という約束をもらう。家に帰って早速妻にその朗報を伝える。二人は期待に胸膨らませて「三つ何をお願いしようか」と考える。しかし、余りに興奮した妻は前から抱いていた「1メートルもある巨大なソーセージをたらふく食べたい」と思わず口走る。するとすぐに願い通りになる。それを見た主人はカンカンになって怒り、「こんなことに大事な願いを使ったのか。お前のような食いしん坊にはこのソーセージが鼻にくっついてしまえ」と言った。
その瞬間、ソーセージは鼻にくっついた。慌てて、二人で取ろうとするが、取れない。「これでは一生どこにも行けない。どうかあのお願いを使って取って下さい」と懇願する妻に、仕方なく主人は願いを使う。すると、即座にソーセージは取れた。「アー馬鹿なことをした。さあ今度は、何をお願いするか落ち着いて考えよう」と二人が言ったとき、「3つの願い」は既に終わっていた、と言うようなストーリーである。色々な解釈もあろうが、これはある意味で私たちの人生の教訓と思う。目の前にある欲しいもの、あったら良いなと思うもの、それらが本当にどうしても必要なものかどうかを分別しないで、それが目の前で、可能だからと言って、それらを次々に追いかけていたなら、本当に必要で大切なものを等閑にしたまま、あっという間に人生は終わってしまう。
「七つの習慣」の著書で知られるスティーブン・コヴィー氏は、私たちが人生で直面するできごとを、「重要性」と「緊急性(Urgency)」の観点から四つに分けた上で、成功する人生の秘訣を語る。成功するか否かの鍵は、重要性と緊急性の区別である。多くの人の失敗は、必ずしも重要でないことに、その緊急性ゆえに、重要であると勘違いし、優先権を与える。また、逆に、重要なのに、緊急性が感じられないゆえに、等閑にしてしまう、とコヴィー氏は言う。緊急性とは、「皆がしているから、私もしなければ」という圧迫感であり、「今しておかないと後でできないかもしれない」と言う切迫感であるが、それらは物事の本質とは無関係である。「やりたいこと」「できること」が無限に広がる現代に、一体何をするべきかを重要性の観点から考える者でありたい。「無くてならないものは多くない。否、一つだけである」(聖書)。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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