「〇活」の時代に思うこと
- 2019年5月掲載記事 -
この記事は2019年5月にさくら新聞に掲載されたものです。
天皇の退位・即位を含む「10日間の大型ゴールデンウイーク」の最中、「平成」は終わり「令和」の幕開けとなった。マスコミでも取り上げられたが、社会の風潮・文化としても、「平成」の30年間に日本は様々な変化を経験した。37年前、まだ「昭和」であった日本を離れて海外に移り住んだ筆者にとって、「平成」がどんな時代であったかの情報・知識は、基本的にすべて「聞いた」ものであった。それらの一つとして、筆者の中で「古い人間」のせいか、そこにいなかったせいか、どこか「違和感」を感じてきたことがある。最近よく使われる「〇活」と言う表現である。1990年代後半、「就活」から始まったと言われるこの造語群、「婚活」「離活」「妊活」「終活」と、今や少なくとも(筆者の知る限り)30以上の「〇活」が社会に広まっているようである。
「違和感」の理由の一つは、それら「〇活」で扱われていることが、一つ一つは人生において大切なものであるにもかかわらず、それらが、何かブームやビジネスの流れに乗せられて軽々しく扱われているように感じてしまうからである。と言っても、実際のところ、これら「〇活」は、これまで筆者にとっては、ニュースやテレビの特集、或いは、ドラマの世界のことであった。しかし、この度、その中の一つ「終活」問題と、初めて直接対面することとなった。この5月にはオハイオ州で、コミュニティー・シニア・セミナ―として「精神的終活」と題して、また6月には、東京のある老人ホームのチャペルで関連のお話をする機会を頂いたからである。「終活」と言う言葉が世に出たのは、2009年に「週刊朝日」が「終活問題の連載」をしたのがきっかけであったと聞く。以来、瞬く間に一般大衆に広がり、2010、12年には、年間「流行語大賞」の候補にノミネートされるまでとなった。その背景には、核家族と少子高齢化社会の現状があり、更には、相次ぐ思わぬ天災に見舞われた突然の死、突然の人生の終末という現実に多くの人が直面したからだと言われる。
この死の「不測性」が、人々を「終活」へと駆り立てる。「いつ来るか分からない」からこそ、「備えあれば憂いなし」と事前の準備をして、他人(ひと)様、特に、核家族時代に、家族に少しでも迷惑を掛けないようにと思うのである。しかし、数多の「〇活」の中で、「終活」が持つ最大の特色はその「普遍性」である。ほかの「〇活」と違って、「必ず全員」が経験する「通過点・終着点」である。日本では、その「終活」の大きな部分を占める葬儀関係の行事が、90%仏式で行われることもあり、「終活」は、ともすると「宗教的イメージ」と結びつき易い。
しかし、終活の原点は、人間が人間に帰ることであり、どこかの宗教団体に帰属することでも、何かの宗教の教えに帰依することでもなく、信仰者であれ、無神論者であれ、人間が一人の人間として、その原点を意識し、原点回帰をするときである。2011年5月29日、元日本赤軍派の幹部が獄中で生涯を終えた。彼は1970年代の「ドバイ事件」「ダッカ事件」で無期懲役が既に決まっていたが、刑事裁判では一貫して事件への関与を否定、無罪を主張し続けていた。しかし、病気で自らの人生の最期が近いことを感じるに至り、死の数か月前に関与を全面的に認め、謝罪。遺書に次のように記した。「墓場まで過ちを持ち込むわけにはいかない。死が現実になったところで決心した」と。彼は、筋金入りの無神論者、無宗教者、死ねばすべては無に帰すると信じる唯物主義者であったであろう。しかし、彼もまた一人の人間であった。何にも縛られる必要のない最期の「終活」のとき、一人の「人」に戻ったのである。これが真の「終活」の出発点だと筆者は思う。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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