AI(人口知能)の時代 その1
- 2018年9月掲載記事 -

この記事は2018年9月にさくら新聞に掲載されたものです。

「神さま、私たちは何と言うことをしてしまったのでしょうか?!」。「私は、今や死神であり、世界の破壊者となりました」。前者は広島に原爆を落とした米軍兵士の言葉、後者は「原爆の父」と呼ばれるロバート・オッペンハイマーが、その一か月前に行われた世界最初の原爆投下実験の折に言った言葉である。どちらも世界の悲劇の始まりを告げていた。それは、対北朝鮮問題を筆頭に今も続く世界の最重要問題の一つである。「原子力」の発見と活用は、「科学」の発展の歴史の中で生まれた。科学は、それ自体善であり、その発展が、どんなに多くの祝福・至福を人類にもたらして来たかは計り知れない。科学は、神様が、物質世界の創造プランに組み込まれた人類への贈り物である。それゆえ、神様を追求することと、科学的マインドを持つことは、私たちの人生における「両輪」である。物理学者リチャード・ファイマンは言う。「数学や物理というのは、神様のやっているチェスを横から眺めて、そこにどんなルールがあるのか、どんな美しい法則があるのか探していくことだ」と (余談であるが、この言葉は、かつて「やまとなでしこ」と言うTVドラマの中で、主人公が友人の結婚披露宴スピーチで引用している)。 アインシュタインも言う。「宗教なき科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である」と。この二つは手に手を取り合って進んで行くべきで、どちらかが「一人歩き」する時に必ず問題が起こる。原子力、核の力と言う科学知識と技術をどのように活かし用いるか、利己的・自己的な目的のためにではなく、そもそも神様はどんな目的をもって人類にそれを託されたのかを考え、実践していくことが、人間の使命と責任なのである。人間がその視点と姿勢を失う時、「科学」が善ではなく、悪のために用いられる扉を開いてしまうのである。

「科学」の発展は、時々刻々、日ごとに速度を増している。喜ばしいことである。しかし、他方「両輪」の一つであるべき人間の宗教的、道徳・倫理的側面、心の問題が、必ずしもそれに追いついていない。スタンフォード大学のポール・サフォー教授も、正にこのことを指摘する。「技術の進歩は加速している一方で、人々の倫理や文化がそれに追いついていないことは問題だ」と。

これからの時代、私たちが直面するもう一つの大きな課題は「AI」である。オックスフォード大学等が2015年に発表した「文明を脅かす12のリスク」でも、核戦争、気候変動に並んで、「AI」がその一つに挙げられている。米グーグル社在籍のレイ・カーツワイル氏は、「2045年に、AIが人間を超える『シンギュラリティ』と呼ばれる時が来る」と提唱。それを中心に、様々な議論、憶測、不安、期待が渦巻く。そんな時代は、本当に来るのか? 否、もっと早くに来るのではないか? AIが人間を超えるとはどういう意味なのか? 元々人間の「味方」として造られたAIは、やがて「敵」になるのではないか? 等々。確かに、AIの世界は、深層学習法の発展による能力の深さ、また、利用・活用面の範囲の広さによって、その可能性は無限である。しかし、AI問題がこれまでの核問題等と大きく違う点は、AIが単なる人間の用いる優れた「道具」ではなく、それ以上の存在であること、即ち、AIは、人間と共に他を支配し、用いる存在となり得ることである。だから素晴らしい。しかし、同時に、私は信じる。AIは、決して人間にはなれない。たといAIが知的に、肉体的に、他の様々な点で人間を越えたとしてもである。人間を人間たらしめているもの、人間の尊厳と栄光は、そのような「能力」を超えたものであるからである。AIの時代、 今こそ、私たちは、人間とは何か、誰かを真剣に問う必要がある。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。