教会の成長 : 成長の基本原則(その2) : 交わり
- 使徒の働き2章40-42節 -
2017年2月26日 WIJC
聖書
使徒の働き2章40-42節
序 論
- 数日前のNHKのスポーツニュースで、メージャーリーグで日本人として活躍し続けてきたイチローが足を痛めたと報じていた。少し心配である。最後まで、健康でプレーして、限界まで様々な記録を伸ばして欲しい。
- 彼は、どちらかと言うと、私の応援したくなるタイプではない。私はどちらかと言うと燃える男として有名な長嶋茂雄が好きである。
- イチローは、地道に、コツコツと飽くなき努力を積み上げて、偉業をなしとげてきた人物である。これは、人生のどの分野においても、通じる人生の重要な姿勢である。
- 先に申し上げた私の英雄長嶋茂雄は、しばしば、「アニマル」などと言われ、動物的な感覚や才能を持つ選手と見られてきた。
- 天賦の才能で素晴らしいプレーと成果を上げて来たのであって、地道な練習や努力は必ずしも彼の選手生涯の成功の要素・秘密とはあまり見られてこなかった気もする。
- しかし、それは間違いである。これも努力の人であった。彼が頭角を顕わしたのは、立教大学時代であった。彼はバッティングだけでなく、三塁手としてもその華麗なプレーで注目を集めていた選手であったが、その名プレーの陰に、砂押と言う監督が、毎日のように、他の選手が帰った後、彼を一人残して、血のにじみ出るような1,000本ノックをしたというエピソードがある。
- 才能あるなしに関わらず、地道な基本的な努力を続けることは、人生成功の鍵である。
- 信仰の世界も同様である。
- 初代のクリスチャンたちの成長、初代の教会の成長・発展の陰にも、同様な地道で、継続的な努力・姿勢があった。
- それが使徒の働き2章42節に記されている。そこに書かれている初代クリスチャンと教会が、守り、実行し続けた基本的姿勢・行為は何であったか? それは次の4つのことの熱心な実践であった。
1.使徒たちの教え(聖書の教え)、2.交わること 3.パンを裂くこと(聖餐式)、4.祈り - 聖書が、このような初代のクリスチャン、教会のメンバーの姿を、42節、即ち、41節のすぐ後に記していることは意義が深い。
- 41節は、いわゆるリバイバルと言われるような、3000人という奇跡的な数の入信者が与えられたことを記している。
- 普通なら、皆が興奮し、感情的に有頂天になり、お祭り気分に酔うときである。それは、裏を返すと、地道な気持ちと姿勢を忘れてしまい易いときである。
- しかし、彼らはそうしなかったのである。彼らは、入信したその日から、その翌日からとも言いたいほど、初めから、直ちに、これら4つのことを実行し始めたのである。
- だからこそ、聖書は、間髪入れずに、41節のリバイバルの記事のすぐ次の節で、この4つのことを実行している初代クリスチャンの姿を描いているのである。
- 先週は、その第一番目の「使徒たちの教え」(今日の私たちに適用するなら、「聖書」と言える)に献身していた(英語で言うなら、they have devoted themselves to the Apstles’ Teaching / Teaching of the Bible)ことについて学んだ。それは具体的には:
- 聖書を読み・聞くことに「時間」を神様に捧げる
- 聖書の中に神様の真意を求めて、聖書を深く味わおうとする(←→「おみくじ」のように、自分に都合の良い言葉を求めて、表面的な言葉の意味で満足する)
- 聖書の御言葉を暗記する
- 聖書の言葉をそのまま信じて、勇気をもって実行する。
- 今日は、その次のこと、「交わり」について、即ち、彼らが「交わる」ことに献身、専心していたこと、英語で言うと、They devoted themselves to the fellowshipについて学ぶ。
- それは、どんな「交わり」だったのか?
本 論
Ⅰ.それは、「飲食」を通しての交わりであった。
- イエス様が「飲食」をしながら交わっておられることに関する記事が一杯ある。
- イエス様の最初になされた奇跡が、その良い例である。
- カナと言う所で持たれた婚宴の席に招かれたイエス様がなされた奇跡である。
- 婚宴の接待・祝宴のためのぶどう酒が途中でなくなってしまうという事態が起きた。そのとき、イエス様が、水をぶどう酒に変える奇跡を行ったのである。
- 聖書は、この奇跡について、「これが、イエス様がご自分を神・救い主として示されるために行われた最初の奇跡である」と言う。
- 興味深いことは、イエス様の最初の奇跡が、病人を癒やすとか、貧しい人を助けるという類でなく、宴会の為にぶどう酒を作ると言う性質のものであったことであり、
- 更には、あの場面で、イエス様は、「酒がなくなったなら、丁度良い。何だかんだ言って、皆飲み過ぎなんだ。酒はもう、そのくらいにしておきなさい。」と禁欲的な、いわゆる聖人らしい言い方もできた。
- しかし、イエス様は、そうされなかった。むしろ、わざわざ水を汲んで来させ、奇跡の力を用いてぶどう酒を作って、宴会を盛り上げられたのである。
- イエス様は、甦られた後、弟子たちに現れたときもそうであった。
- 一匹も獲れない不漁に意気消沈していた弟子たちに153匹もの魚を与えられた上に、
- 更に、弟子たちが陸に上がってみるとそこには、十分な魚とパンが既に備えられていた。
- これは、ヨハネの福音書の記事であるが、ルカも復活後イエス様が弟子たちと食べることを楽しまれたことを記している。
ルカ24章41-43節。
- イエス様はヨハネの黙示録の中でも、イエス様と私たちの間にあるべき親密な交わりを表すためにこのような表現を用いられた。「私は戸の外に立ってたたく。誰でも私の声を聞いて戸を開けるなら、私は彼の所に入って、彼と共に食事をし、彼も私と共に食事を共にする」。
- これらは、皆、イエス様が、「飲食」を信仰生活において肯定的に見ている証拠である。
- 他の宗教や哲学にも見られるが、キリスト教の中にも、物の世界は悪・罪の世界であり、物を絶った生活、肉欲を抑える禁欲的生活こそ、善であり霊的なものという考えがある。
- だから、できれば、できるだけ肉欲を満たすことは、控え、或いは避けることが、より高いクリスチャン生活である、と考える。
- これは、正に、「飲食」を否定的に捕らえている典型である。
- しかし、イエス様は、むしろその逆であった。即ち、飲食をもっと肯定的に捕らえていたのである。
- イエス様は、食べたり、飲んだりすることが、霊的な祝福を更に高揚enhanceする環境作りになったり、channel媒体になったりすると信じておられた。
- イエス様の最初になされた奇跡が、その良い例である。
- 「飲食を通しての交わり」は、使徒たちや初代教会のクリスチャンたちに引き継がれて行った。その例は、
- そのことに関する最も明白な記述は、使徒の働き2章46節「そして、毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと賛美をもって食事をともにし」である。
- 第一コリント11章20節以下を読むと、初代のクリスチャンたち、教会が、聖餐式の前に、それとは別に「愛餐会」「アガペー・ミール」と呼ばれる食事会をしていたことが分かる。
- それは、今で言う「ポットラック」での食事会であった。
- そこでは、みんなが色々な食べ物を持ち寄って、貧しい人も、金持ちも、皆が公平に分け合って食べて、その交わりを楽しんだのである。
- そして、恐らく、その後で、聖餐式が守られたのであろう。
- しかし、段々とその秩序や、愛の分かち合いが崩れて行ったのでパウロがそれを憂いて、警告している場面である。
- いずれにせよ。初代教会は、みなでしばしば会食をするのが習慣であったことがここにも伺える。
- 旧約聖書の詩篇も、このような一緒に飲み食いし、更には、いわゆる寝食、起居を共にする生活から生まれる交わりの大切さを訴えている。
- 詩篇133篇:見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、何と言うしあわせ、何と言う楽しさであろう。・・・主がそこにとこしえの命の祝福を命じられたからである。
- 寝食を共にした交わりこそが、一つとなって生きる共同体の美しさを産みだし、霊的祝福を呼び込むことが、ここで歌われている。
- 飲食を通しての交わりの重要性をまとめると:
- 昔から、ビジネスの世界でも、接待があり、会食があり、それらを通してお互いを知り合い、信頼度を深め、真剣なビジネスの話に入っていくことができると言われる。
- 「また、お茶でもしましょう」という言葉が、身近な友人達との交わりの中でよく使われる。飲食を共にすることは、交わり・親交を維持し、深めるために、極めて自然で、効果的なものであることをよく知っている。
- そして、事実、聖書はそれを奨め、且つ初代クリスチャン、教会は、それを実践し、それがゆえにも成長したのである。
- しかし、その交わりの本質的性質は、キリストを中心とした交わりである。
- あるクリスチャンたちは、今更、このように言わなくても、特に外交的、社交的な人、付き合いの広い人は、既にいろいろな「飲食を共にした交わり」をしているであろう。
- しかし、ここで、即ち使徒の働き2章42節で、初代のクリスチャンたちが実践し、献身Devoteし、熱心に励んでいた交わりは、一般的な意味での「交わり」ではなかった。
- ギリシャ語原語では、この「交わり」と言う言葉「コイノニア」の前に「テイ」と言う定冠詞が付いている。即ち、英語で言うと the fellowshipであってa fellowshipではない。
- 言い換えると、ここで言っていることは、「どんな交わりでも良いから、とにかく交わりをしましょう」ではない。
- それならa fellowshipであり、定冠詞はいらない。
- ここでは、theと言う定冠詞が示すように、ある特定な交わりを意味していた。
- 「特定」とは、言うまでもなく、「イエス・キリストにある交わり」のことである。
- それは、具体的には:
- 求道者であれ、クリスチャンであれ、イエス様をもっと知りたいと願っての交わりであり、
- 自分たちの生活や人生に起こっていること、喜び・悲しみを互いに分かち合う交わり、
- そして、そのような人生の一節一節に、イエスさまが、どのように入って来て下さるかを証ししたり、教え合ったり、慰め、励まし合う交わりである。その結果、
- ローマ12章15節にある「喜ぶ者と喜び、悲しむ者と悲しむ」交わりを持つことである。
- 交わりの形態は千差万別であるが、
- 一対一でのお食事やお茶を共にしながらの個人的なものもある
- 数名のごく親しい友人・知人たちでの食事やお茶を共にしての交わりもある。更には、
- ポットラックのような形で、集会的な、少し大きなグループでの交わりもある。
Ⅱ.それは、直接、生活的、人生的な意味で、「参加する」ことを通しての交わりである。
- 「交わり」のギリシャ語原語は、前述のように「コイノニア」であるが、
- その第一の意味は、これまで学んできた「交わり、fellowship」である。
- この意味での「コイノニア」の持つ力は素晴らしい。大いに経験したい。
- 同時に、これは、「コイノニア」の持つもう一つの意味への基礎であり、「コイノニア」のファースト・ステップである。
- ともすると、この意味での「コイノニア」は、言葉の世界で終わってしまいがちである。
- 大切なことは、交わりの基礎を十分に経験すると共に、そこで終わらないことである。
- それでは、「コイノニア」のもう一つの意味は何か?
- それは「関与すること、参加すること」であり、
- 英語で言うなら、partaking、participationである。
- それは、最早、言葉や思いの世界のことではない。
- それは具体的、実際的に、体を張って、誰かの、何かの世界に入り、参与することである。
- そのような「コイノニア」をしたのが初代のクリスチャンたちであった。
- 初代のクリスチャンたちは、霊的なことだけでなく、お互いの物質的・経済的な事、肉体的・健康的な事にも関心を持ち、具体的な互助支援を行っていた。これがコイノニアである。
- 使徒の働き2章44-45節「・・・・」。同4章32節
- このような教会のあり方を、ある人々は、「クリスチャン共産主義」と呼ぶ。
- しかし、これをそのまま実行する教会は今ほとんどない。なぜか?
- このような共産主義的な「形」を取ることは、クリスチャンたちが、社会的に落ち着くまでの一時的なもので(特に、当時エルサレムにあった教会の特殊な事情から)、今はそこにある助け合いの「原理」を実践し続けるべきであると信じるからである。
- コリントの教会に宛てた手紙の中でも、パウロは、相互扶助に生きる教会の姿勢と実践を褒めている(第二コリント8章1-4節)。
- ヤコブもそれを訴えている(ヤコブ2章15-16節)。
- 私たちも、どのくらい多くの人々に支えられ、助けられて来たか分からない。
- 当時84歳の静子さんが40-50分もドライブをして、月曜日に、「日曜日先生方がお疲れであるように見えたから」とスープを一杯作って持ってきてくださった。
- ケンタッキーで貧乏学生で、子どもたちの誕生日のお祝いにせいぜい10-15ドルほどしか使えなかった頃。次女が2時間の間に4回ひきつけを起こして緊急入院し、入院費が払い切れず借金することになり、手元に現金もほとんどないままクリスマスを迎えようとしていた。突然、一人の友人が訪ねて来て、「子どもたちにクリスマスに何か買ってやるお金はあるのか?」と聞かれた。正直に「ない」と答えると、彼も貧しい神学生だったのに、60ドルの現金をその場で渡してくれた。その直後に匿名で、100ドルの食料品店の商品券がポストに入っていた。
- 初代のクリスチャンたちは、神さまの宣教の働きの同労者Partnerとして宣教の働きに参加Participateした。
- ピリピ人の教会の人々がそうであった。パウロは彼らへの手紙の中で書く:「あなたがたが最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかってきたことを感謝しています」(1:5)と。
- ここで「あずかる」(英語でParticipate、Partnership) と訳されている語は原語で、「交わり」を表す「コイノニア」である。
- 初代のクリスチャンたちは、伝道、また様々な教会の奉仕に具体的に参加、参与、協力した。これは、彼らにとって信仰の「交わり」であった。
- 初代のクリスチャンたちは福音の伝播、伝道をただ使徒たちだけに任してはいなかった。
- 使徒8:1-4 (特に4節)。皆が伝道者であった。
- 使徒1:8。聖霊に満たされたら、皆が証し人である。
- 彼らが参与し、参加協力したのは、伝道だけではなかった。教会の雑用的、運営的な働きをも皆で分かち合った。
使徒6:1-4。
- 幼い日に父とキャッチボールをした思い出、長じて共にゴルフをした思い出と、父との楽しい交わりの思いでも一杯あった。しかし、長じて伝道者として献身してからは、父とのつながりは極めて薄くなっていた。そんな延長で私はそのまま渡米することになったが、直後に父が莫大な借金を抱えたまま事業に失敗した。そのこともあって、父の友人から私は長男として日本に一時呼び返された。事業のこと、お金のこと、債権の世界のことなど全く分からないまま弁護士に相談に行って怒鳴られたこともあった。そんな中、不良債権者を中心に一軒一軒父と廻った。初めて父とじっくり話し、初めて父と同じ荷を分かち合い、父を助け、その仕事に参与しているという実感の中、今までに経験したことのない父との近さ、近い交わりを実感し、苦しみの中にも喜びを感じたのを覚えている。
- 共に労する、同労の友、苦労した仲間たちだからこそ、遊んだ仲間との交わりよりもっと深い交わりがある。初代のクリスチャンたちはそのような交わりを知っていた。
- 初代のクリスチャンたちは、霊的なことだけでなく、お互いの物質的・経済的な事、肉体的・健康的な事にも関心を持ち、具体的な互助支援を行っていた。これがコイノニアである。
結 論
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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