主の祈り(6)「我らの日用の糧を今日も」
- マタイの福音書6章5-15節 -
2022年7月10日 佐野レインボーチャペル
聖書
マタイの福音書6章5-15節
序 論
- 今日は、「主の祈り」の学びの6回目であるが、今日から3回にわたって、後半の「人のための三つの祈り」について学びたい。即ち、
- わたしたちの日毎の糧を今日もお与えください:肉体的/現在に関する祈り
- わたしたちの負い目をお赦しください:霊的/過去に関する祈り
- わたしたちを試みに会わせないで、悪からお救いください:実践的/未来に関する祈りである。
これらは、皆、上述のように、人間の基本的必要をカバーしていると言われる。
- 今日は、その第一回目として、最初の「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」についてである。
- これは、日本語だけの問題であるが、「日用の糧」と言う表現は、余り聞きなれない言葉である。「糧」は、食糧、食べ物の意味。問題は、「にちようの」と言う表現である。「音」からだけ言うと、「日曜の糧」「日曜日に食べるもの」と、聞いたとき、一瞬考えてしまい、一体どういう意味?と戸惑う人も少なくないと思う。
- しかし、これは「日用」であり、「毎日必要とする」の意味である。英語なら、Daily Needs である。
- 今日は、この祈りが、「主の祈り」の中に、あることの意味・意義を含めて、「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」の祈りをご一緒に味わいたい。
本 論
Ⅰ.最初に、まず、「日用の糧が与えられる」と言う祈りが、私にとって個人的に持つ意義について証ししたい。
- 「日用の糧」とは、原語、英訳などで見てみると:
- 日本語では、糧、パン、ご飯であり、
- 英語では、Breadであり、
- 新約聖書の原語ギリシャ語では、artos(arton)であり、
- イエス様の使われたアラマイク語・ヘブル語では、レヘムであっただろう。即ち、私たちが、毎日、肉体的・地上的に必要とする物質的な食物のことである。
- この物質的・肉体的必要のための祈りを、イエス様が、「人間のための三つの祈りの最初に挙げられた」と言う事実に目を留めたい。なぜか?それは、この祈りの重要性を表していると言って過言ではない。そして、それは、私にとっても、信仰生活、特に牧師人生にとって、極めて大きな意味を持っていた。
- 私が、高校2年生で入信し、親戚中にイエス様を信じて生きる人生のことを伝え始めたとき、特に、叔母・叔父たちから言われたことがある。「純ちゃん(私のこと)は、苦労知らずで、お父さんの脛(すね)をかじって生きているだけだから、そんなこと言えるのよ。現実は、人生って、そんなに簡単じゃないよ」とたしなめられた。
- 今の若い人々のための註であるが、「親の脛をかじる」とは、子どもが経済的に自立することができずに、親に援助してもらうこと、養ってもらうことを意味する。
- そのとき私が思ったことは、毎年何千万と言う人々が初詣し、商売繁盛、家内安全、無病息災などの物質的祝福と宗教とがしっかりと結びついている日本でも、結局は、信仰や宗教は、所詮「精神論」で、「それでは食べていけない」として、いわゆる「物質的現実」とは区別していることであった。
- そのとき、私の生涯を通して、私の信じる神様は、心だけでなく、私の全存在、体・物質の世界でも現実なお方であることを証ししていきたいと思った。
- もう一つは、結果的に40年近く(当初は5年の予定)の滞在となった米国留学を志した理由であった。●留学の動機の一つは勿論「勉学」であったが、もう一つ別の大事な理由があった。それが、この祈り、即ち、「神様は、私たちの肉体的、物質的、地上的必要に具体的に答えて下さる」ことを、ほぼ頼れる知人なしの、このアメリカ生活で実体験することであった。●日本で仕えていた母教会は、出席し始めた当時、開拓後半年で、応援者を含めて10名にもならない小さな「家の教会」であった。その教会が、私が留学を考えた頃には、15年以上を経て、そこに会堂が建てられ、礼拝には100名、日曜学校には180名ほどの子どもたちが集まる教会となっていた。スタッフも、副牧師の私、4-5名の伝道師、2-3名の献身者を擁する教会となっていた。戦時中信仰故に投獄も経験した明治生まれの筋がね入りの老牧師の主任牧師としての霊的リーダーシップのもと、信徒の方々も含めて皆よく祈り、奉仕し、捧げた。だから、人数的にも、経済的にも堅実に成長した。●しかし、そこで思ったことは、ここにいる限り、この主任牧師の信仰の傘のもとで、教会の経済的必要は勿論、私たちの個人的な経済必要まで、保障され、満たされている。これでは、この主任牧師が、しばしば証ししているような、特に経済的必要が個人的に満たされるという経験が十分にできない。いつも「借り物」の話しかできない。確信を持ったメッセージが語れない。頼る人が誰もいないような場所に行ってそれを経験しよう。それが留学の理由となった。
- 私が、高校2年生で入信し、親戚中にイエス様を信じて生きる人生のことを伝え始めたとき、特に、叔母・叔父たちから言われたことがある。「純ちゃん(私のこと)は、苦労知らずで、お父さんの脛(すね)をかじって生きているだけだから、そんなこと言えるのよ。現実は、人生って、そんなに簡単じゃないよ」とたしなめられた。
Ⅱ.それでは、この「日用の糧が与えられますように」と言う祈りが、神学的・聖書的に教えることは何かを考えたい。
- 「パン」に代表される「物」の世界のために祈ること、それを楽しむことの霊的妥当性である。簡単に言えば、「物質的祝福を求め、楽しむことは、善いこと、神様の御心に沿ったこと」であると言うことである。
- 残念なことに、初期・中期の発展期において、キリスト教神学は「物質・肉体の世界は悪、精神・霊の世界は善と考えるギリシャ・ヘレニズム文化の「二元論」思想の影響を受けた。
- しかし、聖書は、この世界は、絶対にして唯一の神という「一元」の原理によって造られ、支配されていると教える。
- 「二元論」は言う。この世界は、「善と悪」と「霊と物質」と言う「二つの」相反する原理によって支配されており、霊の世界が善であり、物の世界は悪であると。
- 詳細を論じる時間はないが、このような二元論的思想の結果として、「聖人」とならんとする者は、できるだけ物の世界から遠ざかり、制御・節制し、隔離、禁断さえする。
- 日本式に言うなら、金や物に執着せず、清貧に甘んじる事こそ美徳であり、聖なるもの・人であると言う考えである。
- それが、キリスト教の世界にも、どこか禁欲的で、物の世界、肉体的、人間的世界を楽しむことに躊躇と後ろめたさを感じる姿勢・傾向を生み出して来た。
- その中で、主が教えられたこの「パンを求めた祈り」は、その物質蔑視思想が誤りであることを教える。
- その証拠の一つは、イエス様がこの祈りを、人間のための祈りのトップの位置に持って来られたことである。
- どちらかと言うと霊的な性質を持つ次の二つの祈りが最初に来て、このパンの祈りは、その後の「付け足し」的な存在になってもおかしくはなかった。
- 有名なイエス様の言葉「人はパンだけで生きる者ではない。・・・」にしても、「パンはいらない。神の言葉さえあればよい」と言われたのではない。「パンだけでは生きられないよ」と言いながら、ある意味でパンの大切さを再認識する言葉でもある。
- 創世記1章の「天地創造」の記事を見て頂きたい。
- 4,10,12,18,21,25節で6回、神はそれを見て「良しとされた」とあり、最終節の31節では、総体的・結論的、且つ、強調的に「非常に良かった」とまで記されている。
- 即ち、神様の造られたこの物質界は、その創造の時点では、ミクロの世界からマクロの世界にいたるまで完璧であり、神様を満足させ、神様の栄光を表すものであった。
- 神は、その美しく、壮大かつ緻密な物質世界を、喜び、愉しみ、神の栄光を表すために用いるようにと託されたのである。
- 学問・芸術は言うまでもなく、物質界(今は罪で汚され、歪められて完璧ではないが)であるこの地上における人生そのものが、そのためにある。
- イエス様も、禁欲の象徴でもある断食をされて祈ったこともあられたが、通常生活におけるイエス様についての人々の一般的印象は、必ずしも「禁欲的」ではなかった。
- その一例はマタイ11章19節「・・・・」の人々の噂である。イエス様が、実際に大食い、大酒のみだったとは思わないが、少なくとも禁欲主義的ではなかったと言える。
- このことは、更に、ヨハネ2章に記されている「カナの婚宴」と呼ばれる祝宴の席で、もてなしのための中心であったぶどう酒が途中でなくなると言うハプニングでも明かとなった。その時イエス様は「水をぶどう酒に変えられた」のである。禁欲主義者なら、「酒がなくなったなら、もうそれで良いんじゃない。もうみんなだいぶ飲んだんだから。むしろ、酒なしで楽しむ方法を探そうよ」とは言ったであろう。
- その証拠の一つは、イエス様がこの祈りを、人間のための祈りのトップの位置に持って来られたことである。
- この「パンを求める祈り」は、我らの神が、我らの「アバ、お父ちゃん」であることのConfirmationである。
- 父親の第一の責任は何か?
- (特に個人主義の時代、色々な夫婦、家庭、親の姿があるであろうが)一般常識的に言って、「父親の第一の責任」は、子どもたちが日毎の糧に欠くことがないようにすることである。
- 小鳥のひなが、小さなクチバシを体より大きくいっぱいに開いて、ピーピー言いながら、餌を獲りに行った親鳥を待っている姿。そこに親鳥が戻って来て、彼らに餌を与えている情景は何とも言えない美しさと慰めを感じさせる。
- この祈りはそれを感じさせるのである。
- この祈りは、天の神様が、我らの父として、我らの日毎の糧のことを、いつも心にかけ、満たしてくださることをリマインドしてくれる。これをBack upする二つの聖句がある:
- 一つは、同様に「主の祈り」を教えるルカ11章の並行箇所である(1-13)。その中で、イエス様は、特に11-13節において、天の神様は、我らの父として、地上の父に勝って子どもの必要に関心を持っていることを強調された。
- 二つ目は、マタイ6章後半である。そこでも、イエス様は、特に32-33節で、「しかし、あなたがたの天の父は、それが皆あなたがたに必要であることを知っておられます。・・・・これらのものはすべて与えられます」と言われ、「天の父」としての神様のご存在を持って我らを励まされた。
- 父親の第一の責任は何か?
- 最後に、この「パンを求める祈り」で学びたいことは、神様が、見える毎日の食糧を私たちに与えられることを通して、神様は見える物の世界も、見えない心の世界も両方、すべてを支配しておられる事実である。
- マルコ2章1-12節の中風の人の癒しの出来事の中で、その中風の人に向かって、「あなたの罪は赦された」と言うイエス様のいきなりの宣言を、周囲の律法学者たちは信じなかった。「見えない世界のことだから、何とでも言える。勝手なことを言っている。むしろ、これは冒涜だ」と批判した。しかし、その時のイエス様のお言葉となさったことを見て頂きたい。「人の子が、地上で罪を赦す権威をもっていることをあなたがたに知らせるために(即ち、イエス様が、見えない霊的世界での権威をも持っていることを知らせるために)」と言ってから、イエス様は、その中風の人に奇跡的癒しと言う見える物質的業を行われた。
- 19世紀の英国にジョージ・ミューラーと言う人物がいた。若いときかなり放蕩生活をしたが、悔い改め、明確な救いを経験。その喜びを人々に伝えようとしたが、当時:
一般社会は、神の存在を認めない無神論思想が、ブームのようにどんどん広がっていた。
信仰者の中にも・・・- 信仰は所詮、「神がいる」と言う思い込みを天に投影しているに過ぎないと言う心理学的解釈を基盤とする神学(例シュライエル・マッヘルなど)や
- 理神論(Deism)と言う神学で、この世界は確かに神によって造られたが、神様は、最早一人一人の祈りに応えると言うような関わりは、私たちと持っておられないから細かく必要や願いを祈っても無駄である等々の神学が蔓延していた。
- そのような状況の中で、G. ミューラーは、神様は「おとぎ話」の世界や「心理学」の世界の存在ではない。今も、生きておられ、我らの事細かな必要・祈りに応えて下さることを実体験から証明しようと決断し、わずか数名の孤児たちを迎えて孤児院を始めた。
- その孤児院の厳格な運営ポリシーは「祈り」とみ言葉、聖書であった。与えられた聖書のお言葉は「みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神」(詩篇68篇5節)であり、その成就こそが父なる神の存在証明であった。
- 孤児院の経済的必要のためには、数人の内部の関係者の中で祈るだけで、外部へのアピールは一切しなかった。様々な困難な中にも、この孤児院は最後まで、「日用の糧を与えられる神様への祈りと信頼」と言うポリシーを貫き続け、神様はそれに応え続けた。そして、その孤児院は、やがて2000人を超える孤児を擁する孤児院となった。
結 論
- モーセは、その生涯の締め括りが近づいたとき、成人男子だけで60万ともいわれるイスラエルの民を引き連れての40年(当初の計画なら数カ月)にわたる約束の地に向かう旅を振り返り言った。「事実、あなたの神、主は、あなたのしたすべてのことを祝福し、あなたの、この広大な荒野の旅を見守ってくださったのだ。あなたの神、主は、この40年の間あなたと共におられ、あなたは、何一つ欠けたものはなかった」(申命記2章7節)と。
- 私たちのアメリカ生活(これもまた当初5年計画)も39年、約40年になるが、声を大にして言いたいことは、「モーセの言う通りであった」である。今も、同じ主は生きておられる。
- 預金も予算も、明確な計画もなく、アメリカ生活の知識も、知人も、ほとんどないと言う状態で始まった(人間的に、計画性から言うと、必ずしも褒められたことではないが)生活。
- 時間の関係もあり、残念ながら、今はここに詳細を述べられないが、
- KYマウンテン・バイブル・カレッジ(特別生)、アズベリー・カレッジ、アズベリー大学、アズベリー神学校、プリンストン神学校、ドルー大学等での10年余にわたる5つの学校での学費
- 次女の出産、二人の娘と家内との家庭・家族生活費(ある日曜日の朝、教会に出席中、2才の次女が突然2時間の間に4回のひきつけを起こし、即入院。高熱からのものでなかったので、医者もかえって心配したが、癒しと経済的必要が与えられる)。その他にも・・・
- 米国東海岸での三つの教会開拓。最初のプリンストンでは、私と家内を含めて4人でのスタート。最後のワシントンDCでは、小さい教会でありながら、コミュニティー・センターと言うアウトリーチ・プロジェクトを併設した伝道を試みたため、毎月3500ドル以上の家賃支払い。しかし、私の引退辞任で、一昨年閉めるまで14年間、主は必要を満たして来てくださいました。
- これが、「私たちの日毎の糧を今日もお与えください」の意味である。
- しかし、これは決して、クリスチャンは、「貧しさ」を経験しないと言う意味ではない。イエス様も貧しさを経験されたし、パウロもまた、ピリピ4章12節でこのように言う。「・・・・」。「貧しさの中にいる」ことも「豊かさの中にいる」ことも、両方知っている、経験していると言う。
- 私たち自身、フードスタンプと言う米国の福祉支援プログラムのお世話になったこともある一方、また、家族で様々な贅沢とも言える著名な行楽地を訪ねる機会も与えられた。
- 結論はピリピ4章13節である。「・・・」。「私を強くしてくださる方」こそ「我らの父」である。このお方によって、貧しかろうと(ギリギリであろうと)、豊かであろうと、我らの日毎の糧、必要は今日も、与えられるのである。「アバ、お父ちゃん、ありがとう!!」
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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