クリスマス・スピリット
- 2017年12月掲載記事 -

この記事は2017年12月にさくら新聞に掲載されたものです。

今年も「クリスマス・シーズン」到来。クリスマスは、元来キリスト教の始祖イエス・キリストの誕生を記念し、祝う日である。しかし、近年、クリスマスのキリスト教離れは著しい。勿論、これは、日本では言うまでもないことである。あるアメリカ人が、12月に日本を訪ね、クリスマス・セール、クリスマス・パーティーと、クリスマス一色で賑わう街の雰囲気を見て言った。「日本がどんな国かを知らなかったら、訪れる外国人は、この国はキリスト教国だと思うであろう」と。それほどクリスマスは、日本で親しまれていながら、逆にこんな話も聞いたことがある。開設後間もない日本のある地方教会の話である。その教会で初めての大きな行事としてクリスマス会を開くことになり、近くのパン屋さんにケーキをかなりの数、特別注文した。お店の人は嬉しそうに、「こんなに注文して何があるんですか?」と聞いた。「クリスマス会ですよ」と牧師夫人が答えた。すると店の人は驚いたように、「へー、教会でもクリスマスするんですか?!」と言ったそうである。今や、クリスマスは、キリスト教とは離れた別ものとして一人歩きしている。最近、流行りの「クリスマスイブ・デート」は、正にその骨頂であろう。

しかし、その傾向は、しばしばキリスト教国と言われるアメリカさえも同じである。クリスマスが、キリストの誕生記念と言うより、サンタクロースの日になり、バースデー・ボーイであるイエスは片隅に追いやられ、祝うべく集まった人々がお互いにプレゼント交換する日になっている。アメリカのクリスマス・プレゼント交換を見ていると、ごく一部の慈善的寄付活動への参与を別として、まるで日本のお歳暮と新年のお年玉を一緒にしたようで、そこに本来のクリスマスの意味やスピリットはほとんど感じられない。クリスマスは、今や、クリスチャンにとっても単なる一つの習慣と行事になってしまったと言える。クリスマスの本当の意味とスピリットはどこに行ったのか? 

そんなことを考える中、私にとってここワシントンに来て忘れられない出来事を思い出す。それは、あの東日本大震災のあったほんの数日後に、突然、私ども「ジャパニーズ・クリスチャン・コミュニティーセンター」の英会話クラス中に一人の紳士が訪ねて来られたことである。彼は、近隣のイスラム・コミュニティセンターを代表して、日本で起こった大地震での被災者・犠牲者を悼み、励ますために、大きな花束とカードを携えてわざわざ「日本人コミュニティー」の一部としての私どもを訪ねてくださったのである。あえていうなら、それは、民族だけでなく、宗教的境界線をも乗り越えた勇気ある行為であったと思う。しかし、話はここで終わらない。その年の終わりに、同じイスラム・センターから、驚くべきことにクリスマスカードが送られてきたのである。しかも、そのカードの絵柄に二度驚いた。彼らの選んだ絵柄は、聖書の聖誕物語として有名な「東方からの博士たち」、今で言う、イラン、イラクの地の地位ある人々が、救い主の誕生に敬意を表すべく贈り物を携えて来訪したときのものであった。まるで、「私たちの先祖も、あそこにいたんですよ」と言っておられるようであった。

あの時、イスラム・センターの方々は、ご自分たちの信仰は持ちながらも、相手の信仰を尊び、違いでなく、共通点に目を留められたのだと思う。正に争いでなく、平和を求めたのである。最初のクリスマスの夜、天使たちは謳った。「いと高きところに栄光が神にあるように、地の上に平和が、御心にかなう人々にあるように」(聖書)と。国際的緊張が続く中、これが今必要なクリスマス・スピリットである。

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。