物と心
- 2017年6月掲載記事 -
この記事は2017年6月にさくら新聞に掲載されたものです。
聖書の中には、人生の訓示、座右の銘のようにして、信仰の有無にかかわらず広く親しまれている言葉がある。「人はパンだけで生きるものではない」と言う言葉もその一つである。某ミッションスクールの入試でこの言葉が取り上げられ、その意味が問われた。或る女子受験生の答えが振るっていた。彼女は「それは、人間にはパンだけではなく、バターもジャムも必要だと言う意味です」と答えたと言う。彼女の合否は分からない。試験官の「ユーモア理解度」にもかかっていたであろう。いずれにせよ、この言葉にはもう少し深い意味があることは確かである。即ち、ここで言われていることは、至極の幸せのために人間は「パン」が象徴する物質的充足だけでは十分ではない。聖書がその後に「神の口から出る一つ一つの言葉による」と続けるように「心の糧」を必要とすると言う提言である。
文部科学省を始めとする諸教育機関が、「心の教育」なるものを掲げて久しくなる。しかし、果たしてその結果はどうなったのか。今でも教育の現場、学校での生徒たちによる「苛め」の問題が後を絶たない。そればかりか、必ずと言って良いほど、それに対応する学校側の「事実隠蔽・否定」の体質・姿勢が見え隠れし、かえって問題を大きくしている。「苛め」の問題の背景・原因は深く、また広いであろう。しかし、同時にその中心に「心の問題」があることは誰も否定できない。
果たして「心の教育」なるものは実現するのか? かつて相当の地位にある仏僧の方の書かれたものを思い出す。「昔から、『衣食足りて礼節を知る』と言われてきたが、私なりにそれを信じて来た。だから戦後の日本の道徳的低下・低迷の現実を見ながらも、今は、まず「衣食を足らす」とき、物質的回復、経済再建のときと、言い聞かせ、言いたいことも言わずにここまで来た。そして、今や日本には、未曽有の繁栄があり、物質的にも、経済的にも、もう十分と言いたいほどの豊かさがある。しかし、だからと言って、人々は『もう物はこれで十分。さあ、これからは礼節を求める時だ!』とは言わない。相変わらず、ひたすら衣食、即ち物質的充足と繁栄を追い求め続けている。私は、最早『衣食足りて礼節を知る』と言う言葉が正しいか分からなくなった」と言うような内容であった。
一体私たちはどこで間違ったのか? なぜ私たちは「心の教育」や「礼節を知る」ことに失敗したのか? それは、そもそも「人間とは何者なのか?」と言う実存的理解・認識のずれと曖昧さからではないかと思う。この点について、聖路加病院の理事長であられ、クリスチャンとしても知られる日野原重明氏の言葉をその著書「生き方の選択」から引用したい(p.12)。日野原氏は同書で、仏教に造詣の深い哲学者梅原猛氏が書かれた「湖の伝説」に触れ、2年間の闘病の後、35才の若さでその生涯を閉じた女流画家三橋節子氏の生涯についての梅原氏の見方をこのようにコメントしている。「梅原氏の批評によると、彼女は水平の世界と垂直の世界を持っていたと表現しています。水平の世界とは、死に至る世界、それに対しパーフォーマンスを起こす垂直の世界を彼女は持っていて、・・・」と。ここに両氏が、人間には「水平と垂直」という追求すべき「二面」があることを認めておられることが分かる。それらは、聖書が主張する物と心、今と永遠、人と神、等々の2面性に繋がる。しかし、ここで大切なことは、「まずは物、もし余裕があったら心」と言うような、基本的には物中心で、心の問題は付加的であるという程度のものではなく、この2面性をもっと本質的、生命的な(Intertwined)関係とレベルで追求していく個人と社会の必要があることである。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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