現在のいじめとは
- 19年11月掲載記事 -
この記事は2019年11月にさくら新聞に掲載されたものです。
今、日本でこれを書いている。本年2回目となる今回の訪日には、いつもとは違う目的と楽しみがある。2か月ほど前、突然、遠い昔の中学時代の友人からEメールを受け取った。私は、中学3年の途中まで関西の某私立男子校に通っていたが、父の急な転勤辞令の関係で、余すところ半年弱、しかも高校入試直前に、東京の区立中学校に転校することとなった。先のメールは、その僅かな期間学び舎を共にした同級生からのものであった。あれから56年になるが、クラス会は紆余曲折を経ながらも、今もなお毎年開かれているとのこと。ここ数年、私の消息を尋ねてくださり、SNSで流される私の説教ビデオを発見。そこから辿って今回の連絡に至った由。正式なクラス会は、私の帰米直前11月末東京で持たれるが、その前に、先日「ミニ・クラス会」として一部のメンバーが京都に集まり私もそこに参加。「旧交を温めるとはこのことか!」を思わせる実に感慨深いひと時であった。思えば「3年H組」と呼ばれたこのクラスは、実にすばらしいクラスであった。
クラスには、当時東大合格率で全国トップを争う高校を狙ういわゆる優等生たち、父親が有名大企業に勤める裕福な家庭から来る生徒たち、他方、「家庭学園」と呼ばれる養護園から来ている、貧しく、学業的にも困難を覚えている生徒たち、と色々な生徒がいた。しかし、よそ者として入ってきた私が感じたことは、そこにあった何とも言えないコムラデシップ仲間意識であり、正に「ワン・チーム」であった。互いが労りあっていた。だから、本来なら転校生として、それこそいじめの対象になってもおかしくない私もすぐに皆の一員として溶け込むことができた。当時受験直前ではあったが、私たちはしばしば一緒に行動した。今のようにサッカーが人気スポーツになる前であったが、男子は皆で早朝授業前に汗を流して興じた。後で聞いたことであるが、勉強に困難を覚えている生徒に、優秀な生徒が、時にはその母親までが、援助の手を差し伸べていたと言う。私たちは、その京都での宴席で「いじめ」の影さえなかった当時の恵まれた中学生活を述懐、感謝した。
「いじめ」が、現代特有な社会問題になってから久しい。様々な対策も試みられてきたが、収束どころか、愈々その深刻化を増している。確かに、いじめは昔からあった。私も、小学4年生になるとき、同じく父の転勤で東京の私立小から関西の公立校に移った。あらゆることが違っていた。そこにいわゆる「いじめっ子」がいた。朝礼で立っていると、近づいて来ていきなりみぞおちを息が止まるほど膝蹴りされたことが数回あった。しかし、今と昔のいじめは、何かが大きく違っている。現代のいじめは、最早「あの子が悪い」「この子が悪い」という当事者個々の問題を超えている。いじめを殊更に経験しなかった上述の「3年H組」が、特別に善人・人格者の集まりであったわけではない。大きく変わったのは、子供たちを囲む社会である。
いじめをする子どもの親たち、教師たち、周囲の大人たちが形成する社会が変わったのである。ますます激化する「格差」の中で生き抜こう、生き残らんとする社会には、人を思いやる余裕がない。世界の国々も「自国第一主義」を当然のこととして叫ぶ。皆、自分のことで一杯、ギリギリのところで戦っている。しかも、その戦いは、SNS、AIというテクノロジーの進歩の中で益々非人間化し、「生身」での生活・人生感覚を失っている。「いじめ」は、その歪みとストレスの「膿」だと言える。聖書は言う。「末の世に、多くの人の愛が冷たくなる」と。子どもたちを囲む社会が、その価値観と実践において、互いに思いやり、ワンチームとなる愛を回復することが急務である
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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