君たちはどう生きるか
- 2019年9月掲載記事 -
この記事は2019年9月にさくら新聞に掲載されたものです。
ついつい先延ばしにしていた吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」を遅ればせながら最近漸く読んだ。原作初版は1937年、日中戦争勃発の年、社会が愈々軍国主義の色を濃くしていったとき。同書は、その後、再版・再稿を重ねながら、「子ども向け哲学書」として静かにその分野での古典的位置を確立してきたが、2017年8月、遂に漫画版が完成。原作の新装版と共に発行されるや、半年を待たずに両版合計200万部を突破する大ベストセラーとなり、宮崎駿監督による映画化決定も後押しして一躍世の注目を集めた。
それにしても、「世界大戦」を挟んで半世紀を超える戦前・戦後の「昭和」、続く30年余の「平成」の時代、計80年以上にわたる歴史の変遷の中、静かに人々の心を捉え続けて来たこの本の魅力は何か? しかも、初版当時、政府からの弾圧を意識して、敢えて「子供向け」に書かれたこの本が、今やその本当の姿を現し、単に少年・少女のものではなく、青年、熟年、老年と広く全年齢層を惹きつける人生本となった。その秘密はどこにあるのか?
このように考えながら、同書(以下、ポプラ社、小説版に則す)を読み終えて、筆者が最初に感じたことは「希望」であった。それは、本の内容そのものからと言うより、その読者の反応からである。時には、お説教的にさえ聞こえる本書のテーマや表現形式にもかかわらず、上述のごとく、ミリオンを超える人々が心動かされ、食らいついていったのである。生意気な言い方であるが、自分の人生と社会をこの本のように真正面から真実に考えようとする人々が、日本にまだこんなにいるんだと思ったとき、日本の将来に大きな希望を感じたのである。
物語の主人公は、銀行員であった父親を2年前に病気で失い、今は母親と二人暮らしの14才の少年本田純一。彼は、母親の弟(現在無職)で、学者タイプの叔父から「コペル」と言うニックネームをもらうが、物語は、そのコペルが、主に学校で、特に学友たちとの生活の中で経験する様々な出来事を通して、父親に代わって彼の人生の指南役となったこの叔父さんと交わす直接・間接の哲学的、道徳的、人生論的会話を中心に進められる。この本には、大衆受けするいわゆるロマンティックなエピソードや、ドラマティックなストリー展開やプロットは皆無である。エンターテインメント性はほとんどない。それなのになぜ、この本がこんなに人々の関心を集め、感銘を与え、その輪が広がっていくのか?!それは、第一に、この本が、苛め、裏切り、赦し、貧困、格差、経済機構の歪と限界、等々、時代を越えた人間の実存と社会に関わる普遍的問題を単純率直、且つ的確に取り上げているからである。それらは、この本の書かれた過去の時代のものであっただけでなく、現代を生きる私たちにも、更に深刻な問題としてあるからである。
第二は、それらの問題に対応する私たちの在り方においても、この本が強調する現代文化の潮流を超えた普遍的・本質的価値観に人々が共感するからであろう。当たり前を当たり前にせず、「そうで有ることが難しい」こととして感謝すること、自分のことばかり考えず、自分を広い世の中の一分子として考えること、人間の偉大さは社会への貢献度で測られるべきこと等々が述べられているが、筆者にとっては、その中でも「勇気」を持つことの必要が印象的であった。過ちを認める勇気、謝る勇気、悪と戦う勇気、善を行う勇気である。「財産を失うことは小さいこと。名誉を失うことは大きいこと。しかし、勇気を失ったら、それはすべてを失うこと」(W・チャーチル)。「あなたがたは世にあっては艱難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」(イエス・キリスト)。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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