真の国際人になるには
- 2019年7月掲載記事 -

この記事は2019年7月にさくら新聞に掲載されたものです。

筆者は、現在5月30日~7月24日の訪日旅行中である。この間、35の市や町の教会、グループを訪ね、30回以上にわたる説教・講演、更に個人レベルでの面談も数多くあった。しかし、そのほとんどの移動が新幹線、飛行機であり、友人の好意による車であったこと、更には、牧師という職業柄、教会内に留まることも多く、その滞在日数の割には、日本のいわゆる巷の現況を掴んだとは到底言えない旅であった。しかし、そんな中でも今回の旅で受けた祖国日本の個人的印象は、かつて「物造り大国」として世界に名を馳せた日本が、今や「観光大国」として生まれ変わりつつある姿であった。九州から北海道まで、いわゆる有名人気スポットに限らず、日本の至る所が正に隅々くまぐま、外国人で溢れている。以前は発車間際に「みどりの窓口」に行ってもすぐに切符が買えたが、今はいつ行っても、どこも長蛇の列に出くわす。そしてその多くが「外人」客である。世界中の人々が、日本は美しく情趣豊かな国、もっと知りたいと集まってくる姿を見ることは、一日本人として、誇らしく、喜ばしいことである。

しかし、ここで、恥ずかしながら筆者も含めて、果たして日本人自身が、自分の国を知っているのだろうかと問いたくなる。数学者の藤原正彦氏が、かつて「国家の品格」と言う本を書かれたが、同書で、益々国際化する世界の情勢の中、日本の教育界が、否、社会全体が「猫も杓子も」、英語!英語!と叫び、他の教科を犠牲にしても、英語の「早期教育」を実現しようとする傾向に触れ、「待った」をかけられたのを思い出す。ソクラテスの「汝自身を知れ」とは少し違うが、自分自身、即ち、日本国民自身が「日本」とその歴史・文化を知ることなくして、真の国際交流は無いと言うのである。英語も大切である。その重要性を否定するのではない。しかし、英語は、単にコミュニケーション・ツールであって、日本とその文化とは関係がない。むしろ、しばしば相手側の文化の一部である。即ち、英語をどんなに流暢に話し、駆使できても、それは日本を知っていることとは無関係である。藤原氏は言う。

「真の国際人には外国語は関係ない。たとえば明治初年の頃、多くの日本人が海外に留学した。彼らのほとんどが下級武士の息子であった。福沢諭吉、新渡戸稲造、内村鑑三、岡倉天心と。彼らの多くは欧米に出向いて賞賛を受けて帰ってきた。多くは肝心の英語さえままならなかったはず。しかし、尊敬されて帰ってきた。彼らの身につけていたものは何か。日本の古典、それから漢文をよく読んでいた。更には、武士道精神をしっかり身に付けていた。この三つで尊敬されて帰って来たのである」(筆者旅先で、引用がSNSからの転載・要約であることお赦し頂きたい)と。

今年、「令和」の新元号が万葉集から取られたことを知ったとき、日本中の本屋さんの店先に万葉集関係の本が並んだ。日本人とは誰か?日本文化とは何か?を求めて、古典に触れ、学ぶことは望ましい。日本人が真の国際人になるためにそれが一時的ブームに終わらないことを祈る。最後に牧師臭い一言。以上のことは、同時に、個人の問題にも通じると思う。日本人が日本人として国際社会の中で堂々と生きるため、その文化的ルーツを求める必要があるように、人間が個人としてこの人生の荒海、広漠たる宇宙を確信をもって生きんとするなら、自らの存在のルーツの探求、発見から始まらねばならない。その点について、自ら実存主義無神論者であったバートランド・ラッセルの言葉は興味深い。「もし神の存在を認めない(筆者註:即ち、人間の存在が偶然の所産であって、確かなルーツはない)ならば、人生に目的を求めることはナンセンスである」。

 

「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。

さくら新聞 西郷牧師の世相を斬る
さくら新聞で連載された「西郷牧師の世相を斬る」の記事。コロナ禍における休刊までの35回にわたって連載されました。

投稿者プロフィール

西郷純一牧師
西郷純一牧師
元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。