恥じることのない人生を
- 2018年11月掲載記事 -
この記事は2018年11月にさくら新聞に掲載されたものです。
「あれから、もう一年経ったの?!」と言う感があるが、今年も最近の日本からのニュースを大いに騒がしたのは、10月31日の東京渋谷駅付近を中心とした「日本産ハロウィーン」であった。昨年も本欄で書かせて頂いたように、ここ数年のことではあるが、この催し?年々そのフィーバーは激化している。元々、ヨーロッパの行事・習慣であり、直接的には、米国からの輸入であるが、本場と言うか、発祥地、顔負けのお祭りになりつつある。警察も、暴挙・暴動・窃盗・痴漢などの犯罪を警戒して、事前警告と共に、ハローウィーン当日は厳戒態勢で臨んだ。何で、そこまで?!と言いたくなる。その乱痴気騒ぎ振りは、米国NYタイム・スクエアーでの大晦日のカウント・ダウンとは様々な点において違う。テレビのニュース画面に出て来る渋谷の若者たちの姿を見ていると、一体、この人たちは、「ハロウィーンとは何かを考えているのだろうか?」と思う。小さな子どもなら、ハロウィーン・イコール・トリック・オア・トリートでも良いだろう。しかし、青年となり、いい大人となった成人が、あれだけの「はためいわく」にもなりかねない行為・行動を起こしながら、「ハロウィーンって、何か良く分かりませんが、とにかく楽しいので」で済まして良いのだろうか?!
このような様子を見ながら考えさせられたことは、またしても「日本人って、いったいどんな国民なのか?」であった。今から7年半前に起こった東日本大震災直後、世界中の人々が驚いたことは、あの空前の歴史的惨禍の中で、日本人が見せた正に沈着冷静な態度・行動であった。以下は当時のある新聞記事の要約・抜粋である。「この時に見せた被災者たちの行動は、世界中から称賛と感動の嵐を巻き起こした。諸外国では、先進国・途上国を問わず、自然災害の後には暴動や略奪が大量発生し、社会が無秩序化するのが通例である。ところが、日本では、そういった犯罪が全く起きなかったのだ・・・」と。
一体どちらの姿が本当の日本人なのか? 私は日本人として誇りをもって言いたい。前者の傾向と弱さはあっても、後者こそが、神様が日本人に国民的特色として与えられた品格的賜物と信じる。そのような日本文化を支えて来たものは何か?! 昔から(特にRベネディクト著「菊と刀」以来)、西洋は「罪の文化」、東洋、特に日本は「恥の文化」であると言う文化的分析がある。そして、しばしばキリスト教、聖書の教えこそが、前者を造ったと指摘されて来た。それは、確かに単純明快ではあるが、表面的、皮相的であり、ミス・リーディングでさえある。聖書も罪と救いについての表現、またそれに関する概念として、「恥」「裸の恥」と言う言葉を用いている(黙示録3章18節)ことを指摘したい。
明治維新、日本が世界に向かって驚異的インパクトをもってその活躍と交流の門を開いたとき、世界中の人々は、この国民を支えているものは何かと興味をもった。それに答えるべく、新渡戸稲造は、後に世界的名著となった「武士道」を著した。クリスチャンであった彼は、武士道の中にキリスト教を見、キリスト教の中に武士道を見たとも言われる。日本の歴史の中で最も「恥」を意識して生きた人々は武士である。「恥」と言うと、多くの人々が「人前の恥」しか考えない。それが「知人が見ていなければ何をしても良い」と言う「旅の恥はかき捨て」式文化を生み出した。しかし、逆に日本にも昔から「お天道様が見ている」と言う意識・文化があることを忘れてはならない。この国際化の時代、日本人として、神の前にも、ひと(他人)の前にも、自分に対しても、恥じることのない人生を生きる文化の回復と培養を求めたい。
「西郷牧師、世相を斬る!」は、米国ワシントンDC、及びテキサス州ヒューストンに在住する日系人のためのコミュニティ・ペーパー「さくら新聞」に、2017年5月から2020年3月まで、毎月1回「同題」で連載されたものです。当初5回の連載予定で原稿依頼を受けましたが、その後、数度の延長を経て35回目になったところで、折しも世界的蔓延の始まったコロナ禍中、「さくら新聞」が暫時無期限の休刊となり、その後、西郷牧師も本帰国となり、結果として連載ストップとなりました。このたび、周辺知人の希望・提案もあり、西郷牧師の社会への問いかけ「エッセイ」として、本ホーム・ページに週1回のペースで「再連載」することになりました。
投稿者プロフィール

- 元ワシントン・インターナショナル日本語教会牧師。ジャパニーズ・クリスチャン・センター・オブ・ワシントン責任者。日本で聖宣神学院卒業後、日本宣教会・久我山宣教会副牧師、1980年ビリーグラハム東京大会事務局主事、1982年日本伝道会議事務局主事を経て渡米。アズベリー大学(聖書学専攻、同言語学副専攻)卒業後、アズベリー神学校牧会神学修士、プリンストン神学校旧約神学修士を取得、ドルー大学旧約学PhD課程コース・ワーク終了。米国で、プリンストン日本語教会、ニューヨーク日本語教会、および現教会を開設、現在に至る。
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